クアッカワラビー

クアッカワラビー（Setonix brachyurus）

オーストラリア南西部の限られた地域に生息する、小型のカンガルー科動物です。その愛らしい容姿と、まるで微笑んでいるかのような口元から、「世界一幸せな動物」として世界中に知られています。学名はSetonix brachyurusといい、この種のみでクアッカワラビー属を構成するユニークな存在です。地元では「クオッカ（quokka）」の愛称でも親しまれています。

生息地と形態

クアッカワラビーの主な生息地は、オーストラリア南西部です。特にロットネスト島には多くの個体が生息しており、容易にその姿を見ることができます。体の大きさは、頭からお尻までの長さがオスで約43.5～54センチメートル、メスで約40～50センチメートル。体重はオスが2.7～4.2キログラム、メスが2.7～3.5キログラム程度と、比較的小柄です。尾は他のカンガルー科動物に比べてやや短く、長さは約24.5～31センチメートルほどです。全身は長く密な体毛で覆われており、色は主に灰褐色ですが、白や赤みがかった毛が混じることもあります。耳は非常に小さく目立ちません。

生態

クアッカワラビーは、火災後に植生が回復した湿地や、ロットネスト島のような乾燥した荒地にも適応して生息しています。特にロットネスト島では、厳しい夏の40℃を超える高温にも耐えています。社会性が強く、ロットネスト島では最大150頭もの大きな群れを形成して生活することが観察されています。群れは水場を含む縄張りを持ち、その中でオスたちの間にはっきりとした順位が存在します。

湿地環境では、植物の間を縫うようにトンネル状の通路を作って移動します。食性は草食で、主に草や低木の芽、葉などを食べています。

繁殖は胎生で行われます。オーストラリア大陸部の個体群は一年を通して繁殖が可能ですが、ロットネスト島の個体群は秋季に繁殖のピークを迎えます。妊娠期間は約27日間で、一度に一頭の幼獣を産みます。生まれたばかりの幼獣は、母親の育児嚢（ポーチラ）の中で約190日間過ごし、10月頃まで母親からの授乳を受けます。生後約10ヶ月から12ヶ月で性的に成熟し、次世代を残すことができるようになります。

人間との関係と保全上の課題

かつてクアッカワラビーは西オーストラリア州南西部の広い範囲に分布していましたが、現在ではその多くで姿を消してしまいました。主な原因は、湿地の開発による生息地の破壊です。さらに、人間によって意図せず持ち込まれたネコやアカギツネなどの捕食動物による捕獲、そして家畜であるブタによる植生の破壊も、彼らの生存を脅かしています。大陸部の個体群は本来、環境の変化に応じて移動することでこれらの脅威を避けていましたが、捕食動物の増加によって移動が妨げられ、同じ場所に留まらざるを得なくなっている状況があります。一方、ロットネスト島では比較的多くの個体が生息しており、保全策として他の島への導入も試みられています。

保護に向けた取り組み

クアッカワラビーの現状に対し、オーストラリア政府は保全のための重要な措置を講じています。2000年には国の「環境保護及び生物多様性保全法」に基づき、クアッカワラビーを絶滅の危機に瀕している「脆弱（Vulnerable）」な種としてリストアップしました。2009年にはその回復の必要性が正式に承認され、以降、具体的な保全活動が進められています。

政府は「絶滅危惧種行動計画」（2022年～2032年）の中で、クアッカワラビーを110を超える優先種のひとつに指定しています。この計画では、国内の陸地に14箇所の「生息環境整備優先地域」が設けられ、クアッカワラビーの生息地である西オーストラリア州内の特定地域も対象に含まれています。これらの取り組みにより、クアッカワラビーを含む多くの絶滅危惧種の絶滅リスクが軽減されることが期待されています。

保全活動においては、専門家による科学的な調査研究だけでなく、地域社会の市民からの意見収集や協力を重視しています。市民の保全活動や環境教育を推進し、全国的なネットワーク構築も支援しています。ソーシャルメディアを通じた情報発信や共有も積極的に行われています。政府は2027年を目標に、地域社会との連携をさらに強化し、各優先種の情報を公開していく方針を示しています。

保全状態の評価と飼育施設

クアッカワラビーは、様々な機関からその脆弱な状態が評価されています。

オーストラリア政府: 絶滅危惧種 (1999年国内法)
西オーストラリア州政府: 脆弱 (2016年生物多様性保全法、2023年更新)
IUCNレッドリスト: 絶滅危惧種 (2022年更新)
世界自然保護基金 (WWF): 絶滅危惧類

日本国内では、埼玉県こども動物自然公園で2020年から飼育されており、その可愛らしい姿を見ることができます。オーストラリア国内では、シドニー市内の複数の動物園（コアラパーク・サンクチュアリ、タロンガ動物園、フェザーデール・シドニー野生動物公園、ワイルドライフシドニー動物園など）でも飼育されています。

「世界一幸せな動物」と呼ばれるクアッカワラビーですが、その生存は多くの脅威に直面しており、絶滅を防ぐための継続的な保全努力が不可欠です。政府、研究者、そして一般市民が一体となった取り組みが、この愛すべき動物たちの未来を守る鍵となります。

もう一度検索