クチン (物質)

クチンとは

クチン（Cutin）は、植物の地上部、特に葉や茎、果実などの表面全体を覆う保護層であるクチクラを構成する主要な高分子成分です。

クチクラは、植物からの水分の過剰な蒸発を防ぎ、乾燥から植物体を保護する役割や、病原微生物、昆虫、紫外線などの外部からの様々なストレスに対する物理的・化学的なバリアとして機能しています。この重要な保護層は、主にクチンとクタンという二種類の高分子によって形成されていますが、クタンが比較的地層中での保存性が良いのに対し、クチンはクチクラの構造的な基盤を形成する上で不可欠な要素です。

クチンの化学構造

クチンの本体は、オメガヒドロキシ脂肪酸とその誘導体と呼ばれる様々な種類の単量体（モノマー）が、エステル結合によって数多く連結されてできたポリエステルポリマーです。これらの単量体が複雑に架橋することで、比較的分子量の大きな、網目状の強固な高分子ネットワークが構築され、これがクチクラ層の骨格となっています。単量体は、脂肪酸骨格の端（オメガ位）や途中の炭素にヒドロキシ基（-OH基）やエポキシ基などの官能基を持つことが特徴です。これらの官能基や脂肪酸のカルボキシ基（-COOH基）が互いに反応し、エステル結合を形成しながら重合していきます。

クチンを構成するモノマー

クチンを構成する単量体は多様ですが、主に炭素鎖の長さによって二つの主要なファミリーに分類されます。

C16ファミリー

炭素原子数が16個の脂肪酸誘導体を基盤とするモノマー群です。このファミリーに属する主要なモノマーには以下のものが含まれます。

16-ヒドロキシパルミチン酸: 炭素鎖のオメガ位（16位）にヒドロキシ基を持つ直鎖飽和脂肪酸です。このヒドロキシ基がエステル結合に関与します。
9,16-または10,16-ジヒドロキシパルミチン酸: 炭素鎖のオメガ位（16位）に加え、炭素鎖の途中（9位または10位）にもヒドロキシ基を持つ二価のヒドロキシ脂肪酸です。複数のヒドロキシ基を持つことで、複雑なポリマーネットワークの架橋点となります。

C18ファミリー

炭素原子数が18個の脂肪酸誘導体を基盤とするモノマー群です。このファミリーに属する主要なモノマーは以下の通りです。

18-ヒドロキシオレイン酸: 炭素鎖のオメガ位（18位）にヒドロキシ基を持ち、さらに炭素鎖の途中（通常は9位と10位の間）に二重結合（不飽和結合）を一つ持つヒドロキシ脂肪酸です。
9,10-エポキシ-18-ジヒドロキシステアリン酸: 炭素鎖のオメガ位（18位）にヒドロキシ基を持ち、さらに9位と10位の間にエポキシ環（酸素原子を介した環構造）を持つ複雑な誘導体です。エポキシ基も反応性があり、ポリマー構造に寄与します。
* 9,10,18-トリヒドロキシステアリン酸: 炭素鎖のオメガ位（18位）と、炭素鎖の途中（9位と10位）の合計3箇所にヒドロキシ基を持つ三価のヒドロキシ脂肪酸です。多くのヒドロキシ基を持つため、より密な架橋構造を作り出すのに寄与すると考えられています。

これらのC16およびC18ファミリーのモノマーの組み合わせや存在比率は、植物種やその生育環境、組織の種類などによって大きく異なり、その多様性がクチクラの物理的な性質やバリア機能の差異となって現れます。クチンは植物が陸上環境に適応し、生存していく上で欠かせない重要な生体高分子と言えます。

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