クック・オブ・ザ・ハウス

「クック・オブ・ザ・ハウス」（Cook Of The House）は、ポール・マッカートニー&ウイングスが1976年に世に送り出した楽曲です。この曲は、同年にリリースされた彼らのアルバム『スピード・オブ・サウンド』（Wings at the Speed of Sound）に収められており、全収録曲中7番目、先行する「心のラヴ・ソング」に続く位置に収録されています。ウイングスの公式発表曲の中でも極めて異彩を放つ一曲であり、特筆すべき点として、リンダ・マッカートニーがリードヴォーカルを単独で務めているのは、バンドの歴史においてこの曲ただ一つであるという点が挙げられます。

楽曲全体の雰囲気は、ノスタルジックなオールドロックンロールのテイストが色濃く反映されており、親しみやすく温かみのあるサウンドが特徴です。しかし、この曲をさらにユニークなものにしているのが、楽曲の冒頭と終盤に効果音として挿入されるキッチンノイズです。肉を焼く音や揚げ物をするような音がリアルに響き渡り、これは実際にリンダが料理をしている際に録音されたものだと伝えられています。この生活感あふれるサウンドスケープは、リンダの飾らないボーカルと相まって、楽曲に特別なリアリティと親密さを加えています。

この楽曲が誕生した背景には、オーストラリアでのツアー中にポールが滞在先の家でキッチンに立っていた際に閃きを得たというエピソードがあります。ポールが作曲を手掛けたこの曲ですが、歌唱の主役はリンダに託されました。もちろん、曲中にはポール自身の声も登場し、冒頭で短い台詞を語り、またバックヴォーカルとしても参加することで、夫婦の共演という形が取られています。

さらにこの楽曲にまつわる興味深い逸話として、レコーディングでポールが使用したウッドベースの存在があります。この楽器は、かつてエルヴィス・プレスリーのバンドでベーシストを務めたビル・ブラックが、彼の代表曲の一つである「ハートブレイク・ホテル」のレコーディングで使用したものと同型の、非常に歴史的な価値を持つ一本なのであるとされています。ポールはこの貴重なウッドベースをリンダからプレゼントされたとされており、その感謝の気持ちを込めて、この「クック・オブ・ザ・ハウス」を彼女に贈った、とも伝えられています。このエピソードは、楽曲に込められた夫婦間の愛情や感謝の念を感じさせ、聴く者に温かい感動を与えます。

ライブで披露された機会もあり、1979年の英国ツアーではセットリストに加えられた記録が残っています。しかし、この時のライブ演奏について、2019年時点において公式にリリースされた音源は確認されていない状況です。

「クック・オブ・ザ・ハウス」は、リンダ・マッカートニーの個性的なボーカル、家庭的なサウンドエフェクト、そしてポールからのプレゼントへの感謝という心温まるエピソードが詰まった、ポール・マッカートニー&ウイングスの楽曲群の中でも異彩を放つ、隠れた名曲と言えるでしょう。

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