クララ細胞

クララ細胞（クラブ細胞）

クララ細胞、あるいは現在ではより一般的にクラブ細胞として知られるこの細胞は、私たちの肺の最奥部にある気道、具体的には終末細気管支と呼吸細気管支の移行部分に存在する、ユニークな細胞です。これらの細胞は、気道の表面を覆う上皮を構成していますが、その大きな特徴は、他の多くの気道細胞が持つ繊毛がないことです。細胞の表面には短い微絨毛が見られ、細胞の内部には分泌物を含む小さな顆粒が詰まっています。これらの分泌物は、必要に応じて細胞の外へと放出されます。

細胞の構造と分布

クラブ細胞は、気道の表面を覆う繊毛単純上皮層の中に分布しています。特に、気管や太い気管支に多く見られる杯細胞が少なくなる、細気管支の末端部でより優位に存在します。この細胞の形状は、その新しい名称である「クラブ（こん棒）」を連想させるとも言われます。細胞質には発達した滑面小胞体が含まれており、これは後述する解毒機能と関連しています。

主要な機能

クラブ細胞は、その存在場所と構造から、気道において複数の重要な役割を果たしています。

気道上皮の保護: 細気管支の繊細な表面を保護することが、クラブ細胞の主な機能の一つです。これらの細胞は、グリコサミノグリカンやウテログロビンといった様々な種類の分泌物を産生し、気道表面を潤し、バリア機能を強化します。また、肺胞で働く肺サーファクタントと似た成分の溶液も分泌し、細気管支の通りを保つのに役立ちます。
有害物質の解毒: 私たちが呼吸と共に吸い込む可能性のある有害な化学物質に対して、体を守るための解毒作用を持っています。細胞内の滑面小胞体にあるシトクロムP450酵素群の働きにより、これらの有害物質を代謝し、無毒化あるいは排泄しやすい形に変換します。これは、特に細気管支レベルでの防御において重要です。
* 組織再生: クラブ細胞は、未分化な細胞である幹細胞のような性質も併せ持っています。気道の上皮組織が損傷を受けた際に、クラブ細胞は活発に増殖し、失われた細胞を補います。さらに、増殖した細胞の一部は、繊毛細胞など他のタイプの上皮細胞へと分化する能力を持ち、傷ついた細気管支上皮を効果的に修復・再生させる役割を担います。

名称の由来と変更の経緯

「クララ細胞」という呼称は、1937年にこの細胞を初めて報告したオーストリアの解剖学者マックス・クララ氏（1899年-1966年）にちなんで名付けられました。しかし、後の調査で、クララ氏が熱心なナチ党員であり、ナチス・ドイツ政権下で処刑された犠牲者の遺体組織を用いて、この細胞の発見を含む研究を行っていたという倫理的に極めて問題のある事実が明らかになりました。

この歴史的背景を受けて、医学界ではクララ氏の名前を冠した名称の使用を続けることが適切かどうかの議論が起こりました。2012年5月には、アメリカ胸部学会やヨーロッパ呼吸器学会といった主要な呼吸器専門誌の編集委員会が会合を持ち、クララ氏のエポニム（人名にちなんだ名称）を使い続けることは、彼の倫理に反する行為を間接的に称賛する印象を与えかねないとの結論に至りました。その結果、2013年1月1日より、名称を「クラブ細胞」へと変更するための方針が導入されました。

この方針に基づき、当初は新しい名称である「クラブ細胞」の後に括弧書きで旧称「クララ細胞」を併記する形で移行が進められ、その後は完全に「クラブ細胞」および関連用語（例：「クララ細胞分泌タンパク質」→「クラブ細胞分泌タンパク質」）に置き換えられることとなりました。現在では、特に英語圏の医学論文などでは「クラブ細胞（club cell）」という名称が広く用いられています。これは、特定の個人に由来せず、倫理的な問題を回避しつつ、細胞の形状にちなんだ中立的な呼称として選ばれました。

まとめ

クラブ細胞（旧称：クララ細胞）は、細気管支の末端部に位置し、気道の保護、有害物質の解毒、そして組織の再生といった多岐にわたる重要な役割を果たす細胞です。その名称は、発見者の倫理的な問題から変更されるという歴史的な経緯を持ちます。これは、科学的な発見の記述においても、その背景にある倫理や歴史的責任が考慮されるようになった現代医学の潮流を示す事例と言えます。

• ---

参考文献：
日本獣医解剖学会 編『獣医組織学 改訂第二版』学窓社、2003年。

もう一度検索