クリストファー・ダンチ

クリストファー・ダンチ（Dr.Death）事件：医療界を震撼させた前代未聞の悲劇

クリストファー・ダニエル・ダンチ（Christopher Daniel Duntsch, 1971年4月3日 - ）は、アメリカの元脳神経外科医であり、そのずさんな手術によって多くの患者に深刻な後遺症と死をもたらし、「Dr.Death（死の医師）」と呼ばれるようになった人物です。ダラス・フォートワース複合都市圏の病院に勤務していた2年足らずの間に、33件の脳神経外科手術で重過失が認められ、31人の患者に障害を残し、2人を死亡させるという、信じがたい事件を起こしました。

病院管理者や州検察も当初は信じがたいと感じたこの事態は、テキサス州医療委員会がダンチの医師免許を剥奪するまで、実務に従事し刑事訴追を回避するという異常な状況が続きました。2017年、ダンチは患者の一人に障害を負わせた罪で有罪となり、終身刑を宣告されました。

生い立ちと医学への道

モンタナ州で生まれたダンチは、テネシー州メンフィスで育ちました。理学療法士でキリスト教宣教師の父と、教師の母を持つ4人兄弟の長男として、福音派のキリスト教学校であるエヴァンジェリカル・クリスチャン・スクールを卒業。在学中はアメリカンフットボール選手として活躍しました。

当初はNCAAディビジョン3のミルサップス大学に在籍していましたが、後にディビジョン1のコロラド州立大学に転籍。チームメイトによると、練習熱心ではあったものの、試合での活躍は目立つものではなかったようです。最終的にはメンフィス州立大学（現在のメンフィス大学）に戻り、フットボールを諦めた後、医学の道に進むことを決意しました。

1995年に学士号を取得後、テネシー大学ヘルスサイエンスセンターで脳神経外科研修医としてMD-PhDプログラムを修了。その後、メンフィスのセメス・マーフィークリニックで脊椎のフェローシッププログラムを受けました。しかし、研修医期間中に従事した手術は200件未満であり、一般的な脳神経外科研修医が1,000件以上を経験するのと比較すると、その経験は著しく不足していました。

研修医4年目には、コカインを摂取した状態で手術に参加した疑惑が浮上し、機能不全の医師に対するプログラムに送られました。数か月後には研修医に復帰したものの、友人の中には、ダンチがドラッグを使用した翌朝に仕事に向かう姿を目撃した者もおり、手術に立ち会わせることを拒否した者もいました。

キャリアの転換と破滅への序章

ストリップクラブに通う中で、ダンチはダンサーのウェンディ・レニー・ヤングと知り合い、交際を開始。2人の男児をもうけましたが、2014年9月に破局しました。キャリアの初期には、PhDとしての活動に重点を置いていたダンチでしたが、50万ドルの債務を抱えていたこともあり、より高収入が見込める脳神経外科医への転身を決意します。

テキサス州ダラスに拠点を移したダンチは、ベイラー地域医療センター（現在のベイラースコット＆ホワイトメディカルセンター・プレイノ）に低侵襲脊椎外科医として採用され、年60万ドルの給与とボーナスを得る地位に就きました。しかし、その実態は、患者に深刻な後遺症を残すずさんな手術を繰り返すという、おぞましいものでした。

ベイラー・プレイノでの惨劇

ベイラー・プレイノでの勤務は、ダンチの悪行が表面化する舞台となりました。同僚の外科医からはその能力を疑問視され、手術室での技量は「メスをふるうことができない」と酷評されるほどでした。実際、ダンチが担当した手術では、数多くの患者が深刻な障害を負うことになったのです。

最初に手術を受けたケネス・フェンネルは、手術部位の間違いにより慢性的な痛みに苦しむことになり、2度目の手術後には足に麻痺が残りました。コリン郡の医学研究者リー・パスモアは、手術中に靭帯を切断され、脊椎に埋め込む器具の位置が誤っていたため、慢性的な痛みと運動制限に苦しむことになりました。手術助手として立ち会った血管外科医のマーク・ホイルは、ダンチの行動に激しく動揺し、「おまえは危険人物だ」と面と向かって伝えたほどです。

プール管理業者のオーナー、バリー・モルグロフは、手術中に脊柱管に骨の破片が散らばり、左半身の機能をほとんど失い、車椅子生活を余儀なくされました。以前からの友人であるジェリー・サマーズは、脊椎固定術を受けた結果、四肢麻痺となりました。ありふれた背中の手術を受けたケリー・マーティンは、脊髄を突き刺され動脈を損傷し、失血死するという悲劇に見舞われました。

ベイラー・プレイノは、ダンチから外科手術の権限を剥奪しましたが、不当解雇訴訟を避けるため、ダンチの弁護士と合意し、自主的な辞職という形を取りました。これにより、ダンチは全米医師データバンク（NPDB）への報告を免れ、問題のある医師として注意を促されることなく、次の病院へと移ることができたのです。

ダラスメディカルセンターとその他の病院での悪行

ダラスメディカルセンターに移ったダンチは、そこでも悲劇を繰り返します。フレーラ・ブラウンは手術中に死亡し、マリー・エフォードは障害を負いました。エフォードの手術を担当したロバート・ヘンダーソン医師は、手術後の状態を「暴行」と表現し、ダンチが経歴詐称をしているのではないかと疑ったほどでした。

その後も、サウスハンプトンコミュニティ病院やレガシーサージェリーセンターなどで手術を続け、ジェフ・チェニーやフィリップ・メイフィールドらに重篤な後遺症を残しました。マーシャル・「テックス」・ミューズは、手術後に激しい痛みに苦しみ、オピオイド中毒となり、職を失い、離婚するという不幸に見舞われました。ジャクリーン・トロイは、手術中に声帯・呼吸器・動脈を損傷し、発声能力を著しく損なわれました。

ユニバーシティジェネラルホスピタルでは、ジェフ・グライドウェルに対する手術で、首の筋肉の一部を腫瘍と間違え、声帯を損傷させ、食道に穴を開け、動脈を損傷させるという、信じられないようなミスを犯しました。グライドウェルは敗血症となり、他の医師がガーゼを除去するまで命の危機に瀕しました。この手術の後、同僚のカービー医師は、グライドウェルの体内を「狂気の沙汰」と表現し、ダンチがグライドウェルを殺そうとしていることは明らかだと語りました。

免許剥奪と刑事訴追、そして終身刑

カービー医師は、テキサス州医療委員会に詳細な苦情を申し立て、ダンチを「テキサスの市民に対する、今そこにいる危険人物」であると訴えました。2013年6月26日、委員会はダンチの医師免許を一時停止し、同年12月6日には免許を剥奪しました。

2015年7月、ダンチはダラスで逮捕され、6件の凶器を用いた加重暴行についての重罪と、5件の深刻な肉体的損傷を引き起こした加重暴行罪、1件の老人に対する傷害について訴追されました。2017年、マリー・エフォードに対する傷害罪で有罪となり、終身刑を宣告されました。現在、ダンチはテキサス州の刑務所に収監されており、2045年まで仮釈放を申請することはできません。

事件の影響と教訓

ダンチの有罪判決は、アメリカの歴史上において、医師が医療行為における行為に対して刑事責任を認められた初めての事例として、先例を作ったとされています。この事件は、医療機関における監督体制の不備や、問題のある医師に対する報告義務の欠如など、医療システムの脆弱性を浮き彫りにしました。

ダンチの事件は、Wondery Mediaによるポッドキャストシリーズ「Dr. Death」や、Peacockで配信されたテレビミニシリーズ「Dr. Death」として映像化され、大きな反響を呼びました。また、License to KillやAmerican Greedといった犯罪ドキュメンタリー番組でも取り上げられています。

この事件は、医療従事者の倫理観の重要性、医療機関における監督体制の強化、患者の安全を守るための制度改革の必要性を強く訴えかけるものとして、医療史に深く刻まれることでしょう。

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