クロード・カアン

クロード・カーアン：ジェンダーと抵抗の芸術家

クロード・カーアン（1894-1954）は、20世紀を代表するフランスの芸術家です。写真、彫刻、文章、映画など、多岐にわたる表現方法を用い、ジェンダーの概念や既成の権力構造に大胆に挑んだ作品群は、現代美術に計り知れない影響を与え続けています。彼女の人生と芸術活動、そしてその後の評価について見ていきましょう。

複雑な出自とアイデンティティ

リュシー・ルネ・マティルド・シュウォッブとしてナントに生まれたカーアンは、裕福なユダヤ系アルザス人の家庭に育ちました。しかし、幼少期は母の精神疾患と、ドレフュス事件を背景とした反ユダヤ主義的ないじめによって影を落とされます。こうした経験は、彼女自身のアイデンティティ形成と、後の作品世界に深く影響を与えたと考えられます。

思春期には、数度にわたって自身の名前を変え、クロード・クルリスやダニエル・ダグラスなどを名乗るなど、揺らぎ続けるアイデンティティを反映した行動を取っています。最終的に「クロード・カーアン」という名に落ち着いたのも、彼女自身のアイデンティティ探求の一部と言えるでしょう。学術的には女性形代名詞が用いられることが多いですが、彼女自身のテキストからはジェンダーにとらわれない「agender」な視点が読み取れます。

1920年代前半からは、生涯のパートナーであるシュザンヌ・マレルブ（Marcel Moore名義で活動）とパリで暮らし、共同で作品制作を行うようになります。二人はサロンを開き、アンリ・ミショーやアンドレ・ブルトンらシュルレアリスム運動の主要な人物らと交流し、シュルレアリスム運動に深く関わっていきました。

シュルレアリスムとセルフポートレイト

カーアンの作品は、セルフポートレイトが中心を占めます。彼女は鏡に映る自分自身を、さまざまな扮装や役割で撮影し続けました。ニンフ、兵士、ダンディーなど、ジェンダーの境界を曖昧にする表現は、当時の社会通念を覆す挑戦として捉えることができます。写真作品だけでなく、エッセイや夢日記を掲載した『Aveux non-avenus（非承認の告白）』などの著作も残しています。

シュルレアリスム運動への参加は、カーアンの作品に大きな影響を与えました。シュルレアリスムの代表的なテーマである「夢」や「無意識」を自身のセルフポートレイトを通して表現した作品は、シュルレアリスムの枠を超えて、現代美術におけるジェンダー表現の先駆的なものとなりました。1930年代には、反ファシズムや反帝国主義を訴える左翼グループにも参加するなど、政治的な活動にも関与しました。

ジャージー島でのレジスタンス

第二次世界大戦中、カーアンとマレルブはジャージー島で暮らしていました。ナチス・ドイツによる占領下において、二人は非暴力的な抵抗活動を行いました。ドイツ兵の目をかいくぐり、反ナチスのビラを配布する活動は、彼女たちの芸術活動と深く結びついていました。抵抗活動は、彼女たちの創造性を政治的行動に転換した、重要な表現の場であったと言えるでしょう。この活動は危険を伴い、1944年には逮捕され死刑判決を受けますが、執行されることはありませんでした。しかし、投獄中の劣悪な環境は、彼女の健康を著しく害し、1954年に彼女を死に至らしめました。

死後の評価と現代への影響

カーアンは生前、広く知られる存在ではありませんでした。しかし、没後40年以上経った1980年代以降、彼女の作品は再評価され、多くの展覧会が開催されるようになりました。彼女の作品は、ジェンダーやアイデンティティ、権力、抵抗といったテーマを多角的に表現しており、現代美術においても依然として重要な意味を持ち続けています。

カーアンの作品は、シンディ・シャーマンやナン・ゴールディンといった現代アーティストに多大な影響を与えました。彼女の作品が持つ、ジェンダーの流動性、アイデンティティの多様性、そして権力への抵抗というテーマは、現代社会においても、私たちに多くの示唆を与えてくれます。彼女の作品は、単なる芸術作品を超えて、社会批評であり、自己表現であり、そして、抵抗の意思表明だったと言えるでしょう。

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