グラモフォン

「グラモフォン」（Gramophone/Grammophon）という言葉は、音響技術の歴史において極めて重要な位置を占めています。これは元々、ドイツ生まれのアメリカ人発明家であるエミール・ベルリナー（Emile Berliner）が開発した円盤式蓄音機につけられた登録商標名に由来しています。

この名称は、古代ギリシャ語の「γράμμα（grámma、文字）」と「φωνή（phōnḗ、音・音声）」を組み合わせた造語であり、まさに「音を記録した文字（盤）」としての円盤式蓄音機の本質を表しています。ベルリナーのグラモフォンは、それまでのトーマス・エジソンが開発した円筒式蓄音機とは異なり、音を円盤（レコード）の溝に記録・再生する方式であり、大量複製に適していたため、後のレコード産業の基盤を築きました。当初は特定の製品の商標でしたが、その影響力の大きさから、やがて円盤式蓄音機全般を指す一般名詞としても広く使われるようになりました。

また、世界的に権威ある音楽賞であるグラミー賞（Grammy Awards）の名称は、このベルリナーの円盤式蓄音機、すなわち「グラモフォン」の愛称にちなんで名付けられたものです。これは、録音された音楽に対する最大の栄誉が、その技術の根源であるグラモフォンに敬意を表していることを示しています。

「グラモフォン」の名を冠した、あるいはそこから派生した歴史的な企業やメディアも数多く存在します。

ベルリーナ・グラモフォン：1895年、エミール・ベルリナー自身がアメリカで設立した会社です。これは、自身の発明品であるグラモフォンの製造と販売を目的としていました。この会社は、後にビクタートーキングマシン、そして現在のRCAレコードへと繋がる、アメリカにおける録音産業の初期の礎となりました。

グラモフォン・カンパニー：1897年にイギリスで設立されたこの会社は、ベルリーナ・グラモフォンの事業から分離する形で誕生しました。彼らはヨーロッパを中心にレコードの製造・販売を展開し、後にエレクトラ・アンド・ミュージカル・インダストリーズ、すなわちEMIとして発展する、世界的なレコード会社の源流の一つとなりました。1931年に他の企業と合併し、その名称は姿を消しました。

ドイツ・グラモフォン：1898年に、上記のグラモフォン・カンパニーのドイツにおける子会社として、ハノーファーに設立されました。このレーベルは、特にクラシック音楽の録音に特化し、その高品質なサウンドとアーティスト陣によって、瞬く間に世界的な評価を確立しました。現在、世界で最も長い歴史を持つクラシック音楽専門のレコードレーベルとして知られています。第一次世界大戦中は、ドイツ製品が敵国で敬遠されることを避けるため、輸出用のレコードには一時的に「ポリドール」という名称を使用するなど、時代背景を反映した戦略も行いました。

グラモフォン (雑誌)：これは、ロンドンで現在も発行されているクラシック音楽専門の月刊誌です。商業録音、特にレコードやCDなどのメディアに焦点を当てており、批評やインタビュー記事などを掲載しています。毎年開催される「グラモフォン・アワード」は、クラシック音楽の録音に対して与えられる最も権威ある賞の一つとして、音楽界に大きな影響を与えています。

* 日本グラモフォン：日本においては、かつて存在したポリドール・レコードの1956年から1971年までの社名でした。これは、前述のドイツ・グラモフォンが、日本の録音市場に進出する際に使用した名称であり、日本の音楽史における一時期を彩りました。

このように、「グラモフォン」という言葉は、単なる発明品の名称に留まらず、その後の音楽産業、特に録音技術やレコード文化の発展、さらにはクラシック音楽の世界に至るまで、多岐にわたる歴史と影響の痕跡を残しています。

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