グランド・オペラ

グランド・オペラとは

グランド・オペラ（grand opera）は、19世紀前半のパリを中心に流行したオペラの様式です。単に「大規模なオペラ」という意味ではなく、歴史的な題材、多数の登場人物、大規模なオーケストラ、豪華な舞台装置、スペクタクルな舞台効果、そしてバレエを含む、といった特徴を持っています。音楽的には、台詞を伴わず、レチタティーヴォでドラマが進行し、構成は4幕または5幕の多幕形式が一般的でした。

グランド・オペラの成立背景

19世紀初頭のパリは、政治、経済、文化の中心地として発展していました。オペラも例外ではなく、パリのオペラ座は、フランス語で歌われ、台詞なしで常に音楽が流れ、バレエも含む作品を上演できる唯一の劇場として特権を与えられていました。この特権が、大規模で華やかなグランド・オペラの発展を後押ししました。また、著作権保護制度の整備も、作曲家がパリに集まる要因となりました。当時、パリはオペラ作曲家にとって、より自由な作品を上演でき、より利益を得られる都市だったのです。

グランド・オペラの音楽

グランド・オペラは、その規模の大きさだけでなく、音楽的にも特徴がありました。イタリアの作曲家ケルビーニは、レチタティーヴォを用いてドラマティックな展開を構築しました。スポンティーニは、16頭の馬を舞台に登場させるなど、大規模な演出を取り入れました。そして、グランド・オペラの第一人者となったのが、ジャコモ・マイアベーアです。『悪魔のロベール』、『ユグノー教徒』、『預言者』などの作品は、グランド・オペラの代表作として知られています。その他、アレヴィ、グノー、ベルリオーズ、マスネなどの作曲家もグランド・オペラの作品を制作しました。

グランド・オペラの台本

台本作家として著名なのは、ウジェーヌ・スクリーブです。彼は、歴史的な出来事を背景に、登場人物の恋愛、信仰、葛藤などを巧みに織り込んだ台本を作成しました。『ユグノー教徒』や『ユダヤの女』では、抑圧された人々の悲哀も描かれています。

グランド・オペラの舞台装置・効果・演出

パリのオペラ座は、グランド・オペラの上演のために、舞台幅、奥行きともに30メートルを超える巨大な舞台を持っていました。1832年からはガス灯が導入され、舞台照明はより多彩になりました。舞台装置は、ピエール・シセリとルイ・ダゲールによって、より壮大かつ立体的なものになりました。また、舞台進行を整理する「ステージング・マニュアル」も整備され、当時のオペラがどのように舞台化されていたのかを今日知る手がかりになっています。

グランド・オペラの合唱

グランド・オペラでは、大規模な合唱が不可欠でした。パリ・オペラ座の合唱団は、76人という世界最大規模を誇っていました。団員は全員がパリ音楽院で教育を受け、読譜能力があり、月給制で雇用されていました。これは、当時の他の劇場の合唱団と比較して、質の高さを示していました。

グランド・オペラの観客

グランド・オペラの主な観客層は、産業革命の恩恵を受けた新興ブルジョワ層でした。彼らは、仕事の疲れを癒す娯楽として、豪華絢爛で分かりやすいグランド・オペラを求めていました。劇場も、彼らの歓心を買うべく、改装やサービス改善を頻繁に行いました。しかし、こうした新興成金層を嫌う人々は、イタリア座でイタリア語のオペラを好みました。

グランド・オペラとバレエ

グランド・オペラには、バレエが不可欠な要素でした。多くのオペラには、バレエの場面が追加され、それらは社交の場、そして興行上の目玉にもなっていました。オペラ座には、バレリーナのための「フォアイエ・ド・ラ・ダンス」と呼ばれる大広間があり、観客はバレリーナとの交流を楽しんでいました。

グランド・オペラの衰退と波及

グランド・オペラは、1875年頃から衰退に向かいました。舞台装置の維持費、芸術性の低下、普仏戦争の影響などが要因として挙げられます。しかし、グランド・オペラの壮大さは、ワーグナーの『ニーベルングの指環』やヴェルディの『アイーダ』など、後のオペラにも影響を与えています。また、ロシアのムソルグスキーの『ボリス・ゴドゥノフ』にも、グランド・オペラの要素が見られます。

グランド・オペラは、19世紀のパリの文化を象徴する、壮大で華やかなオペラ様式でした。その隆盛と衰退は、当時の社会、文化、芸術のあり方を映し出しています。

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