グレート・ウェスタン (蒸気船)

「グレート・ウェスタン」は、19世紀半ばに活躍した外輪式の蒸気船で、大西洋を定期的に横断する航路のために特別に設計・建造された最初の船舶として歴史に名を刻んでいます。

この画期的な船の誕生は、陸上交通の発展を牽引していたグレート・ウェスタン鉄道会社の役員会での議論に端を発します。1835年10月、鉄道技師として名高いイザムバード・キングダム・ブルネルは、鉄道の終着点であるブリストルからさらに先、遠くニューヨークまで蒸気船による定期航路を開設するという大胆な構想を提案しました。このアイデアはすぐに具体化され、翌1836年1月には航路運営のための新会社、グレート・ウェスタン蒸気船会社の設立趣意書が発行されました。同年中にブリストルの造船所で船体建造が始まり、6月には船の骨組みとなるキールが据え付けられます。そして1837年7月19日、多数の見守る中、「グレート・ウェスタン」は華々しく進水しました。その後、ロンドンへ回航され、機関の搭載作業が行われましたが、就航を前にして複数のトラブルに見舞われます。1838年3月24日の試運転中には、他の船との衝突を避けようとして別の船に接触する事故が発生。さらに3月31日、ブリストルへの回航中に船内で火災が発生し、消火のために意図的に砂州へ乗り上げるという事態も経験しました。

度重なる困難を経て、いよいよ「グレート・ウェスタン」の記念すべき処女航海が始まります。当初4月7日にブリストルを出航する予定でしたが、強風と準備の遅れから一日延期され、1838年4月8日にブリストル港を後にしました。建造中の火災の影響もあってか、この航海に乗り込んだ乗客はわずか7名でした。当時の運賃は35ギニーと高額でした。航海中には、船体を推進する外輪のボルトが外れるといった技術的な問題や、強風によりマストが破損するなど、悪天候による影響も受けました。それでも船は順調に進み、15日間の航海の末、4月23日にニューヨーク港に到着しました。しかし、到着直後には、ボイラーから漏れ出した蒸気を浴びて乗員一人が命を落とすという不幸な事故も発生しています。この航海での平均速度は8.75ノットでした。なお、同時期にブリティッシュ・アンド・アメリカン蒸気航海会社の「シリウス」もニューヨークへ向かっており、わずかに早く到着した「シリウス」が「大西洋定期航路初の蒸気船による横断」という栄誉を得ることとなりました。

ニューヨークからの帰路では、乗客68名を乗せ、5月22日にブリストルに無事到着しました。この時も出航直後に左舷側の連接棒が破損し、修理が完了するまで右舷側の機関のみで航行するというトラブルがありました。2度目の航海では、往路は6月2日に出航し、6月16日にニューヨークへ到着（乗客65名）。復路は6月25日にニューヨークを出て、7月8日にブリストルへ到着しました（乗客92名）。このように、「グレート・ウェスタン」はその後も大西洋定期航路で活躍を続け、1846年までに実に45回の往復航海を成功させました。

しかし、経営母体であったグレート・ウェスタン汽船会社が破綻すると、「グレート・ウェスタン」もその命運を共にすることとなります。1846年以降のある時期に、ウェスト・インディア・ロイヤル郵便汽船会社へ2万4750ポンドで売却され、活躍の場をサウサンプトンと西インド諸島を結ぶ航路に移しました。また、クリミア戦争（1853年～1856年）の際には兵員輸送船としてイギリス政府に徴用され、戦地への兵士輸送にも貢献しています。多くの歴史的な航海を経て、「グレート・ウェスタン」は1856年10月に再び売却され、その後テームズ川でその船体が解体され、数奇な生涯を終えました。

その設計は、鉄道の分野で革命を起こしたイザムバード・キングダム・ブルネル自身が手がけています。「グレート・ウェスタン」は総トン数1320トン、全長72メートル、外輪を覆うカバーを含めた最大幅は18.2メートル、そして満載時の喫水は4.9メートルという、当時としてはかなりの大型船でした。動力源としては、225馬力のサイドレバー・エンジンを2基搭載しており、最大800トンの石炭を積むことが可能でした。巨大なボイラーは船体の半分近いスペースを占有していましたが、それでも148名の乗客定員を確保し、船内のサロンは奥行き約23メートル（75フィート）、最大幅約10メートル（34フィート）というゆったりとした空間が設けられていました。これは、鉄道技術者が海に挑み、大西洋横断という難事業に革新をもたらそうとした意欲的な試みであり、その後の海上交通の発展に大きな影響を与えた船として記憶されています。

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