グロージャーの法則

グロージャーの法則（Gloger's Rule）

グロージャーの法則とは、生物の地理的変異に関する生態地理学的法則の一つです。この法則は、同じ種または近縁の恒温動物において、より湿度が高く高温な環境に生息する個体ほど、乾燥した涼しい環境に生息する個体と比較して、羽毛、毛、皮膚などの体色が濃くなる傾向があることを示しています。

この法則は、1833年にドイツの動物学者コンスタンティン・ヴィルヘルム・ランベルト・グロージャー（Constantin Wilhelm Lambert Gloger）が、鳥類の羽色と気候の関係を詳細に調査する中で発見し提唱したことにちなんで名付けられました。ただし、それ以前の1811年には、ロシアの博物学者ペーター・ジーモン・パラス（Peter Simon Pallas）が同様の観察を示唆していたことが、後にエルヴィン・シュトレーゼマン（Erwin Stresemann）によって指摘されています。

鳥類におけるグロージャーの法則

グロージャーは特に鳥類においてこの法則を見出し、湿度の高い地域に生息する鳥は、乾燥地域の同種または近縁種よりも羽色が暗くなる傾向があることを報告しました。例えば、北米に生息する52種の鳥類に関する調査では、90%以上がこの法則に適合することが示されています。

鳥類の羽色におけるこの現象のメカニズムとしては、湿潤な環境で活発に活動する羽毛分解細菌（Bacillus licheniformisなど）への耐性が関与していると考えられています。湿度が高い環境では微生物が繁殖しやすく、羽毛も細菌による分解の影響を受けやすくなります。色が濃い羽毛に含まれるメラニン色素、特に黒褐色から暗褐色のユーメラニンは、赤褐色から砂色のフェオメラニンに比べて、細菌による分解を受けにくい性質を持つことが知られています。したがって、湿潤な高温地域では、ユーメラニンを多く含む暗色の羽毛を持つ個体が、細菌による羽毛の損傷を防ぎやすいため生存上有利となり、自然選択の結果として暗色化が進むと考えられています。一方、乾燥地域では細菌の活動が限定的であるため、この圧力は弱まり、保護色などの他の要因による色の進化が優勢になると考えられます。

哺乳類およびヒトにおけるグロージャーの法則

哺乳類においても、グロージャーの法則に沿った体色の地理的変異が見られます。特に、赤道に近い熱帯地域に生息する種は、極に近い地域に生息する種よりも皮膚や毛皮の色が濃い傾向があります。

ヒトにおいては、この法則が非常に顕著に観察されます。赤道に近い、日差しの強い環境で長期間進化してきた集団ほど、高緯度地域の集団と比較して皮膚の色が濃い傾向があります。この主な要因は、強い太陽紫外線（UV）からの保護と考えられています。皮膚に含まれるメラニン色素は紫外線を吸収・散乱し、DNAの損傷を防ぎ、皮膚がんのリスクを低減する役割を果たします。低緯度地域では紫外線量が非常に多いため、メラニンを多く生成する濃い皮膚色が適応的となります。

しかし、皮膚が紫外線を吸収することは、体内でビタミンDを合成するために不可欠です。ビタミンDはカルシウムの吸収を助け、骨の健康維持（くる病や骨軟化症の予防）に重要な役割を果たします。そのため、高緯度地域では紫外線量が少ないため、効率よくビタミンDを合成するためにメラニンが少なく、皮膚の色が薄くなる傾向があります。ヒトの皮膚の色は、紫外線からの保護とビタミンD合成のバランスによって進化してきたと考えられています。

法則の例外

グロージャーの法則にはいくつかの例外も存在します。最もよく知られているのは、チベット民族やイヌイット（カラーリット）です。これらの集団は、彼らが居住または起源を持つ高緯度から予測されるよりも、皮膚の色が比較的濃い傾向が見られます。

チベット民族の場合、標高の高いチベット高原に居住しているため、たとえ緯度が高くても地表に到達する紫外線量が非常に強いことが、皮膚の色が濃く進化した主な理由と考えられています。一方、イヌイットの場合、アザラシや魚など、ビタミンDが豊富な海生哺乳類や魚類を伝統的に主食としてきたため、食事から十分なビタミンDを摂取でき、皮膚でのビタミンD合成のために強い紫外線を浴びる必要性が少なかったことが、比較的濃い皮膚色を維持できた、あるいは選択された要因の一つとして示唆されています。

グロージャーの法則は、動物の体色が気候要因、特に湿度や紫外線量といった環境要因に適応して進化してきたことを示す重要な法則の一つです。他の生態地理的法則としては、アレンの法則（寒冷地ほど末端部が短い）、ベルクマンの法則（寒冷地ほど体が大きい）などがあります。

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