グンデストルップの大釜

グンデストルップの大釜：古代ヨーロッパの謎を秘めた銀器

グンデストルップの大釜は、紀元前1世紀頃のラ・テーヌ文化後期に製作されたとされる、装飾豊かな銀製の大型容器です。1891年にデンマークの北ユラン地方、グンデストルップの泥炭湿地で発見されました。現在はコペンハーゲンのデンマーク国立博物館に所蔵されています。その大きさ（直径69cm、高さ42cm）と精緻な装飾から、鉄器時代のヨーロッパにおける銀器製作技術の粋を集めたものと言えるでしょう。

起源をめぐる論争：トラキアか、ケルトか？

大釜の様式や細工の出来栄えから、トラキア人が製作したという説と、ケルト人が製作したという説があります。Taylor (1991) は、インドの図像研究との関連からトラキア起源説を唱えています。大釜に描かれた図像はケルトの神々であると長年解釈されてきましたが、銀細工の技法はケルト世界では知られていないものでした。一方、トラキア人は高度な銀細工技術を持っており、構成や装飾のモチーフにはトラキア風の要素も見られます。銀の同位体分析からは鉱山を特定できず、重量分析からはペルシャの銀貨が使用されていることが示唆され、トラキア起源説を裏付けています。

発見時の状況と構造

1891年5月28日、泥炭の切り出し作業中に発見されました。発見時、大釜は分解された状態で、5枚の長い長方形プレート、7枚の短い長方形プレート、底板、2本の管の断片が積み重ねられていました。古植物学的調査から、大釜が置かれた当時は土地が乾燥していたことが判明しています。部品が積み重ねられていたことから、意図的に隠されたと考えられています。

外側と内側のプレートの配置順は不明ですが、鋭利なもので貫通した痕跡から、ある程度の配置は特定できます。プレート同士は直接接合されておらず、2cmほどの金属片が挟まれていたと推測されます。元々8枚あった外側のプレートのうち1枚は欠落しています。底板は元々、馬の額金だったものが修理のために後から追加されたと考えられています。大釜には複数回の修理痕があり、分解・再組み立てが行われた可能性もあります。

熟練の銀細工技術

底部は一枚の銀の延べ板を叩き出して作られています。各プレートのレリーフは、銀の薄板を焼きなまし、大まかに形を打ち出した後、裏側から樹脂を詰めて固定し、細部の加工を施しています。模様部分にはめっきが施され、大きな像の目にはガラスがはめ込まれていたようです。制作には少なくとも3人の銀細工師が関わったと考えられています。

大釜に描かれた図像

大釜には、様々な神話や儀式を描いたと思われる図像が刻まれています。

底のプレート: 雄牛の上に剣を振るう女性像と、雄牛の頭と蹄の下にそれぞれ犬が描かれています。
外側のプレート: 7枚のプレートには、それぞれ胸像が描かれています。4枚は髭のある男性像、3枚は女性像です。人物像はそれぞれ、動物や人物を掴んだり、鳥を持っていたり、腕を組んでいたりします。
内側のプレート:
プレートA: 枝角のある男性の座像（ケルヌンノス？）が、トルクを持ち、角のあるヘビを握っています。周りには、鹿、犬、ネコ科動物、ウシ、ゾウ、イルカに乗る人物などが描かれています。
プレートB: 女性の胸像の両側に、6本スポークの車輪、ゾウ、グリフォンが配置されています。
プレートC: 髭のある人物が割れた車輪を持っています。飛び跳ねる人物や角のあるヘビも描かれています。
プレートD: 雄牛を狩る光景が描かれています。男たちが剣で雄牛を襲い、犬が走り回っています。
プレートE: 武装した戦士が槍と盾を持って行進し、カルニュクスを吹く者がいます。大きな人物が小さい人物を大釜に浸そうとしています。

大釜の解釈：神話、儀式、そして社会

大釜の装飾は、ケルト神話の神々や儀式を描いたものとされています。人物の首にあるトルクはケルト文化との繋がりを示唆します。BergquistとTaylorは、トラキアの銀細工職人がケルト人であるスコルディスキ族の依頼で制作し、キンブリ族に奪われたという説を唱えています。Olmstedは、図像全体をアイルランドの神話「クーリーの牛争い」を描いたものと解釈しています。Timothy Taylorは、トラキアの銀細工職人を放浪の民であるとし、銀細工だけでなく魔術や儀礼にも長けていたと述べています。

グンデストルップの大釜は、単なる工芸品ではなく、古代ヨーロッパの文化、宗教、社会構造を映し出す鏡です。その起源や意味を解き明かすことは、古代史研究における重要な課題と言えるでしょう。

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