ケントの花

ケントの花：万有引力のリンゴ、その歴史と再生

「ケントの花」（Flower of Kent）は、古いリンゴの栽培品種の一つで、ニュートンが万有引力の法則を発見するきっかけになったとされるリンゴとして知られています。ここでは、その特徴、歴史、そして日本への伝来と再生について詳しく解説します。

特徴

ケントの花は、樹勢が強く直立して広がる性質を持ち、冷涼な気候を好みます。実の付き方はまばらで、枝の先端に実ることが多いです。また、果実の熟す時期が均一でなく、熟した果実は自然に落果しやすいという特徴があります。この落果しやすい性質が、ニュートンが万有引力を着想するきっかけになったという逸話と結びついています。

果実はやや洋ナシ型で、表面には畝が発達しています。果皮は緑色からオリーブ色で、縞状に赤く着色します。果肉は白く、やや粉っぽく、果汁が多いのが特徴です。

利用

ケントの花は、生食にはあまり向かず、主に調理用として利用されていました。しかし、果実の熟す時期が不揃いなため、まとめて収穫して市場に流通させることが難しく、現在では商業栽培はほとんど行われていません。味や食感は現代のリンゴに劣るとされ、「まずい」「渋い」「砂のような食感」と評されることもあります。しかし、落果してしばらく置くと完熟し、美味しく食べられるようになりますが、完熟状態では保存がきかないという難点があります。

歴史

ケントの花の起源は古く、少なくとも1629年以前に遡ると考えられています。原産地はフランスまたはイギリスと推定されています。

ニュートンのリンゴの木

アイザック・ニュートンは、1665年から1667年にかけてペストの流行を避けて故郷に疎開していました。その際、庭で瞑想中にケントの花の木からリンゴが落ちるのを見て、万有引力の法則を着想したとされています。この逸話は、ニュートンの同時代の作家であるウィリアム・ステュークリの著書にも記述されています。

万有引力発見の逸話に登場したリンゴの木は、1814年に老衰のために伐採されましたが、接ぎ木によってクローンが保存され、世界各地で栽培されています。

日本への伝来と再生

ケントの花が日本に伝来したのは1964年のことです。当時の日本学士院院長であった柴田雄次が、イギリス国立物理学研究所長であったゴードン・サザーランドに依頼し、サザーランドが研究所に生育していた「ニュートンのリンゴの木」の接ぎ木苗を日本に送りました。

しかし、この苗木は高接病ウイルスに感染している疑いがあり、輸入後1年間、横浜植物防疫所で隔離栽培されることになりました。検査の結果、高接病ウイルスに感染していることが判明し、焼却処分も検討されましたが、柴田らの要望により、小石川植物園で隔離されることになりました。

その後、農林水産省果樹試験場などの協力のもと、小石川植物園で熱処理法によるウイルス無毒化の研究が行われ、1980年に成功しました。この熱処理法によって得られた穂木を接ぎ木し、現在では日本各地でケントの花が育成されています。小石川植物園では、1981年から一般公開されており、多くの人がニュートンのリンゴの木の子孫を見ることができます。

宇宙への旅

2010年、ケントの花の一部が、スペースシャトル・アトランティスに搭載され宇宙へと旅立ちました。これは、イギリス出身の宇宙飛行士ピアーズ・セラーズが、ニュートンの肖像画とともに持ち込んだもので、宇宙空間を体験した木片は、ミッション終了後に英国王立協会に戻されました。

ケントの花は、科学史における重要な逸話を持つリンゴであり、その遺伝子は現在も世界各地で受け継がれています。

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