ケンブリッジ・プラトン学派

ケンブリッジ・プラトン学派：理性と信仰の調和を求めて

17世紀のイギリス、ケンブリッジ大学で隆盛を極めたケンブリッジ・プラトン学派は、プラトンやプロティノスの哲学を基盤に、理性と信仰の調和、道徳と宗教の関わり、そして信仰の自由といった重要なテーマを探求した思想家たちの集団でした。ベンジャミン・ウィチカットを筆頭に、ヘンリー・モア、ラルフ・カドワース、ジョン・スミス、ナサニエル・カルヴァウェル、ピーター・ステリーといった著名な学者たちがそのメンバーとして知られています。さらに、エドワード・ハーバート卿（チャーベリーのハーバート卿）は、この学派の先駆者として位置づけられています。

学派の成立と背景

15世紀のルネサンス期、特にマルシリオ・フィチーノによるネオプラトニズム研究は、ヨーロッパにプラトニズムを再興させる大きな役割を果たしました。プラトニズムとキリスト教思想の調和を目指したこの潮流は、ジョン・コレットらによってイギリスにも伝播し、1509年にはエラスムスがケンブリッジ大学でギリシア語と哲学を講義。これがケンブリッジにおけるプラトニズム研究の基盤となり、ピューリタン思想と融合することで独自の学派を形成していきました。ケンブリッジ大学、特に1585年創設のエマヌエル・カレッジ（「ピューリタンの神学校」と呼ばれた）は、この学派の重要な拠点となりました。ウィチカットが1626年に同カレッジに入学、1633年に特別研究員となった時期を、ケンブリッジ・プラトン学派の誕生とするのが一般的です。

理性と信仰：調和の探求

ケンブリッジ・プラトン学派にとって最大の課題は、信仰と理性の調和でした。彼らは、プラトンやプロティノスの著作を聖書に匹敵する重要な文献として扱い、理性と信仰の統合を目指しました。

彼らの考えでは、理性は二つの重要な役割を担います。第一に、学問的思考力の基礎であり、不断の努力によって強化できる能力です。真理探究において、教会の権威や安易な主張に盲従すべきではないと彼らは主張しました。第二に、理性は人間の霊魂が神に近づくための「道具」です。あらゆる事象は神の理性の顕現であり、人間の理性も神の賜物。理性を通して神と直接つながり、神の愛を感じることができると考えました。理性を使って真理を追究することが、神への信仰の本質であるとしたのです。

この理性信仰は、当時のイギリスに広まっていたカルヴィニズムへの反論にもなりました。カルヴィニズムの予定説、厳格な教条主義、不寛容さ、階層的な教会権力構造に彼らは反対しました。ウィチカットたちのヒューマニズム的な人間観は、カルヴィニズムとは相容れませんでした。彼らはピューリタンではありましたが、正統派ピューリタンとは異なる立場から、幾度も論争を繰り広げました。

ホッブズへの批判と宗教の自由

ケンブリッジ・プラトン学派は、唯物論的な思想にも批判的でした。特にトマス・ホッブズの唯物論は、彼らの精神世界観とは対極にありました。彼らは、精神と物質の二元論を主張し、人間の精神性を重視する立場からホッブズを批判しました。さらに、彼らは宗教の自由についても積極的に議論し、寛容な社会の実現を訴えました。

影響と遺産

ケンブリッジ・プラトン学派は、17世紀後半には衰退しましたが、その影響は多大でした。ジョン・ロックの経験論哲学の隆盛によって学派としての活動は終焉を迎えますが、イギリス思想、ひいては西洋思想全体に大きな足跡を残しました。啓蒙思想の初期段階における重要な潮流の一つであり、グリーンやケアードらによるイギリスの新ヘーゲル主義、そして20世紀の思想家アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの有機体的哲学にも影響を与えたと考えられています。ケンブリッジ・プラトン学派の思想は、近現代イギリス思想を理解する上で無視できない重要な要素なのです。

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