ゲオルギイ・グルジエフ

ゲオルギイ・イヴァノヴィチ・グルジエフ：生涯と思想、そしてその影響

ゲオルギイ・イヴァノヴィチ・グルジエフ（1866年頃-1949年）は、アルメニア出身の神秘主義思想家であり、著述家、舞踏家、作曲家として知られています。ロシア、フランス、アメリカで活動し、独自の精神修行体系「ワーク」を確立したことで知られています。グルジエフの生涯は謎に包まれた部分も多く、その活動は東洋への長期に渡る遍歴から始まり、その後西洋へと移ります。彼の思想は、欧米の文学者、芸術家、心理学、そして現代の精神世界や心身統合的セラピーに多大な影響を与えました。しかし、グルジエフ自身の教えとの直接的な関連性について語られることは比較的少ないのが現状です。

生涯

グルジエフは、ギリシャ系とアルメニア系の両親のもと、当時のロシア領であったアルメニアに生まれました。正確な生年は諸説ありますが、1866年とする説が有力です。少年時代は父から独自の教育を受け、家業を助けながら工芸や商売も経験しました。自伝的な記述によれば、父からギルガメシュ叙事詩を聞かされたことが、古代の叡智への関心のきっかけとなったとされています。

青年期には、露土戦争後のカルスで学び、医者や技師を目指しました。しかし、次第に精神的な事柄への関心を深め、聖地や遺跡の探訪を始めます。自伝によれば、アニの廃墟で発見した古文書が、アジアとオリエントへの長旅のきっかけとなりました。この旅は、アルメニア民族運動支援の密使としての役割も兼ねていた可能性も示唆されています。

旅の過程で、グルジエフは「真理の探求者たち」というグループを結成し、中央アジアの奥地などを探検。古代の叡智や隠された教えを求めて、遺跡の発掘や隠された僧院・精神共同体の調査、伝承や象徴、音楽、舞踏の研究に没頭しました。特に催眠現象に関心を持ち、集団心理の脆弱性に関する研究にも取り組みました。この探求は、「人間にとっての生きることの意味と目的を究明すること」と、「集団催眠からの解放」という二つの目標を持つことになります。

幾度も危険な状況に遭遇し、負傷を負いながらもグルジエフは探検を続けました。これらの旅の詳細については不明な点が多く、様々な憶測が飛び交っています。

1912年、グルジエフは遍歴を終え、モスクワで小さなグループを指導し始めます。1915年には、のちにグルジエフ思想の普及に大きく貢献するピョートル・ウスペンスキーと出会い、共同で活動を開始します。ロシア革命後は、エッセントゥキ、チフリス（トビリシ）、コンスタンチノープルを経て1922年にパリに移住し、フォンテーヌブロー近くのシャトー・プリオーレに学院を設立します。

学院では、身体労働、音楽、舞踏（ムーヴメンツ）、講義などを通して人間の調和的発展を目指した実践的な修行が行われました。この頃、著名な作家キャサリン・マンスフィールドが学院を訪れ、そこで生涯を終えます。学院の活動は注目を集めましたが、マンスフィールドの死などもあり、様々な憶測や批判も招きました。1924年の自動車事故で重傷を負った後、グルジエフは外面的な活動を縮小し、執筆に専念します。代表作『ベルゼバブが孫に語った物語』を含む三部作『All and Everything』は死後に出版されました。

第二次世界大戦中のパリ占領下では、小さなグループを指導し、「サーティナイン・シリーズ」と呼ばれるムーヴメンツを創作しました。戦後、グルジエフはかつての弟子たちとの再会や新たな弟子たちとの活動を通して、生涯を閉じます。

思想

グルジエフは、自身の教えを「my ideas」と呼んでいました。これは、体系的な思想体系というよりも、世界観や人間観に近いものです。彼の思想は、人間存在、宇宙の成り立ち、意識、生命などについて、独特な視点で考察しています。科学的な追求と神秘主義的な要素を融合させた独特の体系であり、自己認識、自己発展、人間の可能性について深く探求しています。

グルジエフの思想は、言葉による理論的な説明だけでなく、エニアグラムなどの幾何学的象徴、物語、バレエ、舞踏、音楽、実践的なエクササイズなど、様々な方法を用いて伝えられました。特に「ワーク（自己への働きかけ）」、「自己想起」、「センター（人間の機能の中枢）」、「存在と知識」、「本質と人格」、「同一化」、「超努力」といった概念は、グルジエフ思想の中心的な要素です。また、エニアグラムや「三の法則」、「七の法則」なども広く知られています。

グルジエフの弟子たち、特にウスペンスキーによって彼の思想は体系化され、広く知られるようになりました。しかし、ウスペンスキーはグルジエフから離れて独自の解釈を展開したため、グルジエフ自身の著作や講義録と、ウスペンスキー等による解釈の間には相違点があります。また、グルジエフ自身は、自身の思想を一般に理解しやすい形にまとめる試みを支援せず、独自の表現方法を貫きました。

音楽と舞踏

グルジエフは作曲家トーマス・ド・ハートマンと共同で多くのピアノ曲を制作しました。これらの作品は、アジア、キリスト教、イスラム教などの様々な文化の影響が認められます。また、グルジエフ自身による演奏の録音も残されています。

グルジエフ・ムーヴメンツは、グルジエフが教えた舞踏や体操の総称です。身体の複数の部分の独立した動きを統合し、心身の調和的発展を目指すものでした。現在でも、多くのグループによって継承、発展されています。

批評と影響

グルジエフの思想は、イスラム神秘主義、グノーシス主義、ピタゴラス主義、禅といった様々な思想や宗教の影響が見られます。特に、弟子に「緊張」を強いる修行方法は、禅の修行方法と似ていると指摘されています。彼の方法は、自己意識を限界まで追い込み、既存の世界観を破壊することで「目覚め」を促すものでした。これは、近代ヨーロッパ文化を否定する多くの神秘主義者とは異なるアプローチであり、その例外性が評価されています。

グルジエフの思想は、多くの芸術家や思想家に影響を与え、現代の精神世界や心身統合的セラピーにもその痕跡が見られます。しかし、彼の教えの解釈や実践方法をめぐっては、現在でも様々な議論が続けられています。

著書と関連書籍

グルジエフの主な著作には、『ベルゼバブが孫に語った物語』、『注目すべき人々との出会い』、『生は＜私が存在し＞て初めて真実となる』などがあります。これらの著作は、彼の思想を理解する上で重要な資料です。また、ウスペンスキーの著作や、グルジエフの弟子たちによる回想録なども、グルジエフの生涯や思想を理解する上で参考になります。

もう一度検索