ゲール文字

ゲール文字：アイルランドの伝統的書体

ゲール文字（アイルランド文字、ゲール書体とも呼ばれる）は、アイルランド語の印刷に用いられる独特の書体です。インシュラー体と呼ばれる、中世のアイリッシュスクリプトに属する書体の一種で、16世紀から20世紀半ばまで広く使用されていましたが、現代では装飾的な目的以外での使用は稀となっています。

ゲール文字の特徴

ゲール文字は、基本となるラテン文字26文字に加え、アイルランド語特有のアクセント記号付き母音（Áá Éé Íí Óó Úú）や、上点付き子音（Ḃḃ Ċċ Ḋḋ Ḟḟ Ġġ Ṁṁ Ṗṗ Ṡṡ Ṫṫ）、そして接続詞「と」を表すティロ式記号のet (⁊)などを含みます。さらに、インシュラー体特有のsやr、初期の活版印刷で用いられた合字なども特徴として挙げられます。小文字のiには上点が無く、d、f、g、tなどはインシュラー体と同様の形をしています。

現代のゲール文字フォントの多くは、アイルランド語正書法では使われないj、k、q、v、w、x、y、zについてもゲール文字風の字体を含んでおり、他のケルト諸語の母音文字を備えているものもあります。また、アンパサンド（&）とティロ式記号（⁊）を区別しますが、現代フォントの一部では、両者とも「と」を意味することから、アンパサンドをティロ式記号で置き換えているものも見られます。

ゲール文字の起源と歴史

ゲール文字は、中世のアイルランドにおける手書き文字、特にラテン文字のインシュラー体（島嶼体）にその起源を持ちます。最初のゲール文字活字は、1571年、エリザベス1世がアイルランドのローマ・カトリック教徒の改宗を目的としたカテキズムの印刷のために作られたとされています。

20世紀半ばまではアイルランドでの印刷で広く用いられていましたが、現在では装飾的な用途に限定されることが多くなっています。例えば、伝統的なアイルランドの新聞の誌名の一部、パブの看板、グリーティングカード、広告などで見ることができます。また、言語学の分野では、特定の音を表記するためにゲール文字が用いられる例もあります。

Unicodeにおけるゲール文字

Unicodeは、ゲール文字をラテン文字フォントのバリエーションとして扱っています。アイルランド語学で[ɣ]を表す音声記号として使われる小文字のインシュラー体G（ᵹ）は、Unicode 4.1で音声記号拡張ブロックに追加されました。Unicode 5.1（2008年）では、大文字のG（Ᵹ）に加え、エドワード・ルイドが1707年の『Archaeologia Britannica』でコーンウォール語の表記のために用いたD、F、R、S、Tの大文字と小文字も追加されています。

これらの文字のUnicodeコードは以下の通りです。

Ᵹ ᵹ インシュラー体G (U+A77D, U+1D79)
◌ᷘ 上付き小文字インシュラー体D (U+1DD8) （古ノルド語で使用）
Ꝺ ꝺ インシュラー体D (U+A779, U+A77A)
Ꝼ ꝼ インシュラー体F (U+A77B, U+A77C)
Ꝿ ꝿ 180度回転したインシュラー体G (U+A77E, U+A77F)
Ꞃ ꞃ インシュラー体R (U+A782, U+A783)
Ꞅ ꞅ インシュラー体S (U+A784, U+A785)
Ꞇ ꞇ インシュラー体T (U+A786, U+A787)

まとめ

ゲール文字は、アイルランドの豊かな歴史と文化を反映する独特の書体です。その独特の美しさは、現代においても装飾的な用途などで受け継がれ、アイルランドのアイデンティティを象徴する存在となっています。Unicodeへの収録も進み、デジタル環境での利用も容易になってきています。

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