コフィン・テキスト

コフィン・テキスト（棺柩文）とは

古代エジプトにおいて、紀元前22世紀頃から始まる第1中間期以降に用いられた、棺の内壁などに記された一連の葬送に関する文書群を「コフィン・テキスト」、あるいは「棺柩文（かんきゅうぶん）」と呼びます。これらは、それまで王族のためにのみ作成されていた「ピラミッド・テキスト」を受け継ぎつつ、新たな要素を加えて発展したものです。コフィン・テキストの登場は、古代エジプト人の死生観や信仰が変化し、それがより広い階層へと広がり始めた時代の証とも言えます。

歴史的背景と利用者の広がり

古王国時代（紀元前27-22世紀）に作られたピラミッド・テキストは、王族だけが利用できる特別なものであり、その目的は、故人であるファラオが神々の列に加わり、特に太陽神ラーと共に天空を旅することにありました。しかし、第1中間期という中央集権体制が弱まった時代を迎えると、死後の世界の観念が変化し、また、死後の安寧を願う信仰が王族以外の富裕層にも広まりました。

コフィン・テキストは、まさにこの変革期に生まれ、棺を購入する経済力を持つ人々、すなわち貴族や地方の有力者、富裕な一般民衆の間で広く受け入れられました。これにより、葬礼文書は特定の階層からより広い範囲へと「民主化」されたと言えるでしょう。ピラミッド・テキストが石造りのピラミッドの内部に刻まれたのに対し、コフィン・テキストは主に木棺や石棺の内側に書かれたことがその名の由来となっています。

死後の世界「ドゥアト」の概念と呪文

コフィン・テキストが主流となった時代の死後の世界は、古王国時代に考えられていた天空ではなく、地下にあるとされる冥界「ドゥアト」が中心となりました。ドゥアトはオシリス神によって統治されており、そこには王族であれ一般民衆であれ、身分や階級に関係なく全ての魂が行き着くと考えられていました。しかし、ドゥアトへの旅は平穏なものではなく、恐ろしい怪物や危険な罠、困難な試練が待ち受ける場所とされていました。

コフィン・テキストに記された内容は、これらの危険から魂を守り、無事に冥界を通り抜けてオシリスの王国にたどり着くための様々な呪文や儀式文が主体となっています。これらの呪文は、故人がドゥアトの道を進むための道案内であり、障害を退け、守護神の助けを得るための力強い言葉として機能したのです。

新たな思想：審判と日常の願い

コフィン・テキストの特筆すべき点の一つは、それまでには見られなかった新たな思想や内容が含まれていることです。最も重要な新概念の一つに、死後の世界で故人がその生前の行いを審判される、という考え方が登場したことが挙げられます。オシリス神とその配下の神々によって行われるこの審判では、故人の心臓が計量される儀式が行われることを示唆する記述があり、これは後の新王国時代に広く用いられる「死者の書」の中で最も有名な場面の一つである「心臓の計量」へと発展していく思想的な源流と考えられています。

また、コフィン・テキストには、死後の世界においても肉体労働を強いられる可能性や、そうした好ましくない状況を回避するための呪文なども含まれています。さらに、ピラミッド・テキストにはなかった、故人の現世での地位や、時にはより個人的な、日常的な願望に関わる記述が見られることも、利用層の拡大と共に内容が多様化したことを示しています。

死者の書への発展

コフィン・テキストの伝統は、やがて新王国時代に入ると「死者の書」へと引き継がれていきます。死者の書は、もはや棺だけでなく、パピルスに記される形式が一般的となり、さらに多くの人々に利用されるようになりました。コフィン・テキストで確立された死後の世界観、審判の概念、そして試練を乗り越えるための呪文といった要素は、死者の書にも色濃く反映されています。コフィン・テキストは、古代エジプトの葬礼文書の歴史において、ピラミッド・テキストから死者の書への重要な橋渡しとなる、過渡期を象徴する存在と言えるでしょう。

これらの文書は、古代エジプト人が死後の世界をどのように考え、そこでの永遠の生命を得るためにどのような準備をしたのかを知る上で、非常に貴重な資料となっています。

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