コブラ (マニューバ)

特殊航空機動：コブラとその派生形

航空機が持つ潜在能力を示す特殊なマニューバとして、「コブラ」とその派生形が知られています。これらは通常の飛行では考えられないような機体の瞬間的な姿勢変化を伴い、パイロットの卓越した技量と、機体側の高度な飛行性能が要求されます。ここでは、コブラ、フック、クルビット、そしてダブルクルビットについて詳述します。

コブラ (Cobra)

コブラは、航空機が水平飛行から、進行方向や高度をほぼ変えずに機首を垂直近くまで急激に引き起こし（ピッチアップ）、約90度もの迎角を取った後、速やかに元の水平姿勢に戻る機動です。

この機動の原型は、1950年代のスウェーデン機サーブ 35 ドラケンで、急な機首上げ時に意図せず発生したスーパーストール現象に遡ります。これは機体が縦方向に回転しながら失速する危険な状態で、当時は電子制御が未発達だったため、対策として空中でのドラッグシュート使用なども検討されました。

コブラが特殊な機動として世界に広く知られたのは、1989年のパリ航空ショーでソ連のSu-27テストパイロット、ヴィクトル・プガチョフ氏が鮮やかに披露したことによります。そのため、「プガチョフズ・コブラ」とも呼ばれます。

コブラ実施は極めて難しく、瞬間的な機体の動きとそれに伴う急激な減速のため、パイロットには非常に高い操縦技術が求められます。また、機体が失速状態に近い領域でも安定して制御できるポストストール能力（失速後機動性）に優れたSu-27やF-22ラプターといった特定の高性能機で可能です。

かつてはパルス・ドップラー・レーダーに対する欺瞞効果の可能性も議論されましたが、現代では実戦での有効性は限定的と見なされ、むしろ航空機の優れた飛行性能を示すデモンストレーションの意味合いが強いとされています。

フック (Hook) / コブラ・ターン (Cobra Turn)

フックは、水平旋回飛行中にコブラの要素を取り入れた機動です。旋回を続けながら、進行方向や高度を大きく変化させずに機首のみを旋回中心方向へ向けつつ90度近くまで急激にピッチアップし、元の水平旋回に戻ります。「コブラ・ターン」とも呼ばれます。

この機動は1993年のドバイ航空ショーでSu-35によって初めて公開されました。コブラ同様に高度な技術が要求され、高いポストストール能力を持つ機種や推力偏向ノズルを備えた機体でなければ実行は困難です。

クルビット (Kulbit)

クルビットは、コブラをさらに発展させた機動です。水平飛行からコブラのように機首を急角度で引き起こした後、機首を前方に戻さずそのまま後方へと一回転させ、再び水平姿勢に戻ります。外見的には高度をほぼ変えずに宙返りを行っているように見えます。

この機動はSu-27の発展型であるSu-37によって初めて披露されました。

一般的に推力偏向ノズルを持つ機体の方が実施しやすいですが、Su-30MKMのように推力偏向を用いず主翼などの動翼操作のみで成功させた事例も報告されています。

現在、クルビットを実行できるのはSu-27、Su-35、Su-37、F-22など、高度な失速状態での操縦性を備えた一部の高性能機に限られています。

ダブルクルビット (Double Kulbit)

ダブルクルビットは、クルビットを連続して2回行うという、さらに難易度の高い究極的な機動です。この機動は、MiG-29OVTによって初めて公開されました。

クルビット過程の失速状態で、推力偏向ノズルを用いて機体の尾部を制御し連続回転を可能にします。そのため、ダブルクルビット実施には推力偏向ノズルの装備が不可欠であると考えられています。

これらの特殊機動は、現代戦闘機が到達した驚異的な機動性能を示すものであり、空力設計の進化、推力偏向技術、そして洗練された飛行制御システムの発展によって実現しました。単なる曲技飛行に留まらず、航空機の飛行限界領域を探求する過程で生まれた重要な成果と言えるでしょう。

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