コリン・マクフィー

カナダの作曲家、音楽学者であるコリン・マクフィー（1900年 3月15日生まれ、1964年 1月7日没）は、東南アジア、特にインドネシアのバリ島に滞在し、伝統的なガムラン音楽を深く掘り下げて研究しました。彼はその研究成果を西洋世界に広く紹介し、20世紀後半の作曲家たちに大きな影響を与えた先駆者として知られています。

モントリオールに生まれたマクフィーは、初期の音楽教育をカナダ国外で受けました。まずボルチモアやトロントで基礎を学んだ後、さらなる研鑽のためにヨーロッパへ渡ります。パリでは著名なピアニストであるイシドール・フィリップに師事し、演奏家としての腕を磨きました。その後、活動の拠点をアメリカ合衆国に移し、ニューヨークでは革新的な作曲家として知られるエドガー・ヴァレーズのもとで作曲の指導を受けました。これらの多様な音楽的背景が、彼の後の異文化への関心を育む土壌となったと言えるでしょう。

マクフィーの生涯において特筆すべきは、1931年から1939年にかけてのおよそ8年間にわたるバリ島での滞在です。彼はこの期間、現地の音楽文化、とりわけガムラン音楽に没頭しました。単なる異国の音楽としてではなく、その構造や演奏法、社会的機能などを体系的に研究し、民族音楽学の分野で貴重な成果を残しました。彼はバリ島の音楽を詳細に記録し、西洋の記譜法を用いて楽譜化する作業も行い、これは西洋の研究者や作曲家がガムラン音楽に触れる上で極めて重要な資料となりました。

バリ島での深い体験は、マクフィー自身の創作活動にも影響を与えました。1936年には、メキシコの著名な作曲家であり指揮者でもあったカルロス・チャベスの依頼に応じ、管弦楽作品『タブー・タブーアン（Tabuh-Tabuhan）』を作曲しています。この作品は、バリ島の儀礼音楽のエッセンスを西洋のオーケストラによって再現しようと試みたもので、異文化の音楽要素を西洋音楽に取り入れた初期の重要な例として挙げられます。複雑なリズムや特異な音階の響きなど、ガムラン音楽の特徴が巧みに織り込まれています。

バリ島から帰国後も、マクフィーは音楽界で様々な活動を続けました。1958年からは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校（UCLA）で教鞭を執り、後進の指導にあたります。また、彼はジャズ音楽にも深い関心を持っており、ジャズ評論家としても活動していました。その広い視野と多様な音楽への理解は、彼の多角的なキャリアを形成する要素となりました。

コリン・マクフィーは、当時の西洋音楽界において、非ヨーロッパ圏の音楽に積極的に目を向けた稀有な存在でした。彼のバリ島での活動は、多くの著名な音楽家たちに刺激を与えました。例えば、イギリスを代表する作曲家ベンジャミン・ブリテンや、アメリカの指揮者・作曲家レナード・バーンスタイン、実験音楽のパイオニアであるヘンリー・カウエル、そしてカウエルの弟子にあたるルー・ハリソンといった錚々たる顔ぶれが彼の友人であり、彼らとの交流を通じて、マクフィーが持ち帰ったガムラン音楽の情報や彼の異文化に対する視点は、彼らのその後の創作や音楽観に少なからぬ影響を与えたと考えられています。特にルー・ハリソンはバリ島のガムラン音楽から強い影響を受け、自身の作品に積極的に取り入れました。

マクフィーの研究成果は、彼の著作によっても広く知られることとなりました。中でも代表的なものとして、『熱帯の旅人―バリ島音楽紀行』が挙げられます。この著作は、彼のバリ島での生活やガムラン音楽との出会い、そしてその研究の様子を綴ったものであり、単なる学術書にとどまらず、文学としても評価されるほど魅力的な筆致で描かれています。

コリン・マクフィーは、その生涯を通じて、西洋音楽の枠を超えた音楽への探求を続けました。バリ島のガムラン音楽を深く理解し、それを西洋世界に紹介した彼の功績は、世界の音楽文化交流史において極めて重要な位置を占めています。彼の活動は、異文化の音楽に対する関心を高め、その後の多くの作曲家や研究者が民族音楽学や異文化音楽の影響を取り入れる道を拓いたと言えるでしょう。

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