コンセール・スピリチュエル

ル・コンセール・スピリチュエル（Le Concert Spirituel）

「ル・コンセール・スピリチュエル」は、18世紀のフランス王国で誕生した画期的な音楽組織であり、その名称は「宗教音楽演奏会」を意味します。これは、近代的な定期演奏会として系統的に運営された最初の例と位置づけられています。

設立の背景と活動

カトリックの伝統が根強いフランスでは、キリスト教の重要な期間である四旬節（復活祭前の40日間）には劇場での娯楽的な催しが休止される習慣がありました。この期間、より厳粛な雰囲気を持つ音楽の演奏会が求められるようになり、こうした背景からル・コンセール・スピリチュエルが設立されました。

創設は1725年、著名な作曲家でありチェス選手でもあったフランソワ＝アンドレ・ダニカン・フィリドールの兄、アンヌ・ダニカン・フィリドールによって実現しました。演奏会の主な会場は、パリのテュイルリー宮殿内にあった由緒ある「スイス人百人ホール」（Salle des Cent Suisses）でした。年間24回開催され、午後2時から6時までの時間帯に行われるのが通例でした。組織は次第に拡大し、例えば1762年の記録によれば、2名の常任指揮者のもと、53名の歌手と40名の楽手が在籍し、充実した演奏体制を築いていました。

演奏内容と影響力

ル・コンセール・スピリチュエルの活動は、特にグラン・モテと呼ばれる大規模な宗教的声楽曲の演奏に焦点を当てていました。アンドレ・カンプラ、ジャン＝ジョゼフ・ド・モンドンヴィル、そしてジャン＝フィリップ・ラモーといった、当時の主要なフランス人作曲家たちの作品が中心的に演奏されました。この組織は、こうした特定のレパートリーに特化した演奏会として、フランス国内では類を見ない先駆的な存在でした。

その名声はフランス国内にとどまらず、全ヨーロッパへと広がり、ウィーンやロンドンをはじめとする各国の主要都市で、ル・コンセール・スピリチュエルを模倣した同様の演奏会が開催されるきっかけとなりました。また、この演奏会は同時代の作曲家たちにとっても重要な発表の場となりました。例えば、フランスで初めて交響曲を書いたとされるフランソワ＝ジョセフ・ゴセックは、自身の交響曲をここで初演しています。さらに、音楽史上の特筆すべき出来事として、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの有名な交響曲第31番ニ長調 K. 297、「パリ」交響曲が、1778年6月18日にル・コンセール・スピリチュエルで初演されています。

歴史の中断と復活

順調な活動を続けていたル・コンセール・スピリチュエルでしたが、1791年にフランス革命の動乱によって、その歴史は一旦幕を閉じます。王政が倒れ、社会体制が大きく変動する中で、宮廷と結びつきの強かったこの組織は活動を停止せざるを得ませんでした。

しかし、革命後の王政復古期に入り、ナポレオン時代からの計画もあって、ル・コンセール・スピリチュエルの復活が図られます。1818年、パリ・オペラ座の支配人が、指揮者フランソワ・アブネックに交響曲の演奏を依頼したことを機に、本格的な定期演奏会として再開されました。この復活したコンセール・スピリチュエルは、主に復活祭の前週である「聖週」の月曜日、水曜日、金曜日に開催され、1831年まではオペラ座を会場として定期的に行われました。再開後の演奏会では、ベートーヴェンの作品が積極的に紹介されました。最初の演奏会ではベートーヴェンの序曲がプログラムに組まれ、1821年には交響曲第2番がフランスで初演されました。さらに、1823年にはオラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』、1825年にはミサ曲の抜粋である『ベネディクトゥス』などがフランスの聴衆に紹介され、ベートーヴェンの音楽の普及に貢献しました。

現代における継承

20世紀末には、再び「ル・コンセール・スピリチュエル」の名を冠する演奏団体が登場しました。1988年、バロック音楽の研究家であり指揮者であるエルヴェ・ニケが、古楽器を用いて18世紀フランスの音楽を演奏することを目的として同名のアンサンブルを設立したのです。この現代のル・コンセール・スピリチュエルは、歴史的な演奏様式に基づき、失われたかに見えた18世紀の音楽文化を現代に蘇らせる活動を行っており、往年の精神を受け継いでいます。

ル・コンセール・スピリチュエルの歴史は、単なる演奏会の記録にとどまらず、フランスにおける公開演奏会の黎明期、特定の音楽ジャンルの隆盛、そして社会変動と音楽活動の関連を示す貴重な事例と言えるでしょう。

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