ゴルギアス (対話篇)

プラトン『ゴルギアス』解説：弁論術、正義、そして理想国家への序章

『ゴルギアス』は、プラトンの初期対話篇の中でも特に長い作品であり、弁論術を主題としながら、正義、幸福、理想国家といった幅広いテーマを扱っています。紀元前405年頃のアテナイを舞台に、ソクラテスがソフィストのゴルギアスとその弟子ポロス、さらにアテナイの政治家カリクレスと議論を交わします。

導入：弁論術への疑問

名高い弁論家ゴルギアスの演説後、ソクラテスと彼の友カイレポンが、ゴルギアスの弁論術の真価について探求しようと、カリクレスの自宅を訪れます。この出会いが、壮大な議論の始まりとなります。

ゴルギアスとの問答：弁論術の正体

ソクラテスは、ゴルギアスの弁論術が「正しさ」や「正義」とは無関係な、単なる「説得の技術」に過ぎないのではないかと疑問を呈します。ゴルギアスは、弁論術は「正不正」についての説得に用いることができ、正しい心構えで用いるべきだと主張しますが、その技術が不正に用いられる可能性も否定できません。ソクラテスは、この点に矛盾を感じ、弁論術の真価を問いただしていきます。

ポロスとの問答：技術と迎合

ゴルギアスとの議論が膠着すると、弟子のポロスが加わります。ポロスは弁論術の有用性を主張しますが、ソクラテスは、弁論術は「技術」ではなく、「迎合（コラケイア）」の一種であり、魂の不正や不幸を取り除くものではないと反論します。ソクラテスは、身体と魂の健康を維持するための「技術」と、人々を欺いて快楽を与えようとする「迎合」を対比させ、弁論術を後者だと位置づけます。さらに、ソクラテスは、不正を行っても罰を受けなければ幸福だと主張するポロスに対し、不正は常に不幸につながり、罰を受けない不正は特に不幸だと反論します。

カリクレスとの問答：自然と社会法、理想国家

議論はさらにアテナイの政治家カリクレスへと移ります。カリクレスは、自然の状態では強者が弱者を支配するのが当然であり、「社会法習（ノモス）」は弱者による強者への抑圧だと主張します。カリクレスはまた、哲学にばかり没頭するソクラテスを批判し、現実政治に携わるべきだと促します。

ソクラテスは、カリクレスの「自然」における正義を反論し、真の正義は「節制」と「自足」に基づくと主張します。また、カリクレスが「快楽」と「善」を同一視するのに対し、ソクラテスは両者の区別を指摘します。ソクラテスは、真の政治家は「迎合」ではなく「技術」をもって国民の魂を善く導くべきであり、そのためには「正義」と「節制」が不可欠だと主張します。

結び：正義、死、そして冥府

議論を通して、ソクラテスは「迎合」としての弁論術を拒否し、国民の魂を善くするためには「技術」に基づく「忠告」が必要だと主張します。彼は、そのために死刑に処せられる可能性も受け入れると述べ、正義を貫く覚悟を示します。最後に、ソクラテスは冥府の裁きについて語り、正義に基づいた生き方こそが真の幸福であると結論づけます。

『ゴルギアス』の重要性

『ゴルギアス』は、弁論術批判、正義や幸福の本質の探求、理想国家像の提示など、プラトン哲学の核心に触れる重要なテーマを網羅しています。特に、自然と社会法、善と快楽の区別、真の政治家像など、後の『国家』へと繋がる重要な議論が含まれています。また、『ソクラテスの弁明』や『クリトン』の内容を補足する記述も多く、プラトン初期の思想と中期の思想を繋ぐ重要な作品と言えるでしょう。

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