ゴルギアス

ゴルギアス：古代ギリシアのレトリックの巨匠

紀元前5世紀、古代ギリシア世界で活躍したゴルギアスは、ソフィストとして知られる哲学者であり、修辞学者でした。シチリア島のレオンティノイ出身で、プロタゴラスと共にソフィストの第一世代を代表する人物とされています。エンペドクレスの弟子だったとする説もありますが、確証はありません。

ゴルギアスは、生まれ故郷であるシチリアからアッティカへとレトリック（修辞学、弁論術）を広めた功績で知られています。アッティカ方言の普及にも貢献し、古代ギリシア文学に大きな影響を与えました。ソフィストとして各地を巡業し、オリンピアやデルポイといった主要都市で、即興の弁論やレトリックの授業を行い、高い人気と報酬を得ていました。

ゴルギアスの生涯

ゴルギアスはシチリアのギリシア人植民都市レオンティノイで生まれました。紀元前427年、故郷がシュラクサイの脅威にさらされた際、アテナイに救援を求める使節団の代表として派遣されました。この出来事をきっかけに、ゴルギアスはアテナイに移住し、その後の生涯をギリシア本土で過ごしました。彼の優れたレトリックと授業は多くの支持を集め、経済的な成功も収めたと考えられています。

アリストテレスによると、イソクラテスはゴルギアスの弟子だったと伝えられています。他にも、ペリクレスやアルキビアデスといった著名人がゴルギアスに師事したという記述が見られます。ゴルギアスは100歳を超える長寿を全うし、その間に莫大な富を蓄積したとされています。最終的に、テッサリアのラリサで亡くなりました。

レトリックにおける革新

ゴルギアスはレトリックの分野に大きな革新をもたらしました。「構造」「装飾」「パラドクソロギア（逆説的思考と表現）」に関する独自の理論と実践は、彼を「詭弁の父」と呼ぶ声も生みました。しかし同時に、文学的散文におけるアッティカ方言の普及にも貢献した功績は高く評価されています。

彼の主要な著作として『ヘレネ頌』『パラメデスの弁明』『非存在について』『エピタフィオス』などが知られていますが、現存するのは断片的なものが多いです。『テクナイ』と題されたレトリック入門書は、ゴルギアスの様々なレトリック理論を説明した貴重な資料となっています。

ゴルギアスの著作は、レトリック的な表現と遂行的（performative）な性質を特徴としています。自身の能力を誇示するために、不合理で論争的な立場を積極的に取り上げることもありました。そのため、彼の著作は逆説的で、時に不合理であると評されることもありますが、その文体上の工夫は、パロディや比喩表現、劇的な表現を取り入れるなど、遊び心と技巧に満ちています。

ゴルギアスは言葉の力を強調し、説得力のある言葉は神々の力に匹敵すると主張しました。『ヘレネ頌』では、言葉の効果を薬の効果に例え、言葉が喜びや恐怖、さらには魂を魅了する力を持つことを説いています。彼の華麗で韻を踏んだスタイルは、聴衆を深く魅了したと伝えられています。

ゴルギアスはアレテー（美徳）について、状況によって異なる相対的なものであると考えており、特定の絶対的な形は存在しないと主張しました。彼はレトリック、つまり説得の技術をあらゆる科学の王と位置づけ、他のソフィスト以上にその重要性を強調しました。

『非存在について』

ゴルギアスの『非存在について』は、現存しない著作ですが、パラフレーズがいくつか残されています。この著作では、エレア派の哲学者たちの存在論に対する反駁を試み、逆説的な議論を展開しています。その内容は、

1. 何も存在しない。
2. たとえ何か存在するとしても、それについて知りうることは何もない。
3. たとえ何かそれについて知りうることがあるとしても、それについての知識を他人と理解し合うことはできない。

という三段論法で構成されています。これは、パルメニデスの存在論への皮肉な反論と解釈されています。

レトリック作品

『ヘレネ頌』

『ヘレネ頌』は、トロイ戦争の原因となったヘレネを称える演説です。ゴルギアスは、ヘレネの行動を神意、力、愛、言葉のいずれかに帰属させることで、ヘレネの責任を問う従来の解釈を覆し、無罪を主張します。この作品では、言葉の力と説得の技術が効果的に用いられ、ゴルギアスのレトリックの巧みさを示しています。

『パラメデスの弁明』

『パラメデスの弁明』では、ギリシア神話に登場するパラメデスが反逆罪で告発された際の弁明を扱っています。ゴルギアスは、パラメデスが無実であることを論証するために、様々な可能性を検討し、論理的な反論を展開します。この作品は、倫理的な議論におけるロゴスの役割と、説得の技術の重要性を示しています。

エピタフィオス（アテナイの追悼演説）

この作品は、戦死したアテナイ兵士を追悼する演説で、エピタフィオスというジャンルに大きな影響を与えました。アテナイ帝国のレトリックと、プロパガンディストとしての側面を垣間見ることができる重要な作品です。

批判

プラトンは『ゴルギアス』という対話篇で、ゴルギアスのレトリックを批判しています。プラトンは哲学とレトリックを区別し、ゴルギアスのレトリックを真実の探求とは無関係な、単なる技巧だと位置づけています。アリストテレスもまた、ゴルギアスを金儲けを目的としたソフィストとして批判し、大衆を誤らせるその手法を非難しています。

ゴルギアスは、古代ギリシアのレトリック発展に多大な貢献を果たした一方で、その手法や思想は現代に至るまで様々な議論を呼び起こし続けています。彼の生涯と作品は、古代ギリシア思想とレトリック史を理解する上で欠かせないものです。

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