ゴルフ夜明け前

『ゴルフ夜明け前』は、人気落語家である桂三枝（現在の六代桂文枝）によって生み出された独創的な創作落語です。この作品は、その斬新な設定と質の高い内容が評価され、1983年度の文化庁芸術祭大賞を受賞するという輝かしい実績を残しました。さらに、幅広い層からの関心を集め、1987年12月5日には東宝によって実写映画化もされています。落語としてはその後も演じ続けられ、2010年にはテーマを「野球」に置き換えた姉妹作品とも言える『野球の夜明け』が発表されました。また、2017年に開催された桂文枝の芸能生活50周年記念公演「ファイナル ステージ～またここから始まる～」では、内容を刷新したリニューアル版が披露されるなど、発表から長い年月を経てもなお、形を変えながら多くの人々に楽しまれています。

物語の舞台は、緊迫した状況が続く幕末、慶応2年（1866年）です。薩摩・長州を中心とする倒幕派と、新選組などの佐幕派が激しい対立を繰り広げ、世はまさに混沌としていました。そんな時代に現れるのは、常に新しいものや面白いものを追い求める坂本龍馬です。彼はある時、偶然「西洋では、重要な事柄を話し合う前に『こるふ』というスポーツを行い、相互理解を深める習慣があるらしい」という話を聞きつけます。この奇妙で魅力的な情報に心奪われた龍馬は、すぐに薩摩と長州の経済的な協力を得て、京都郊外の山城国に本格的なゴルフ場を建設してしまいます。そして、幕府側の重要人物である新選組局長・近藤勇を、彼の護衛役である沖田総司と共にこの新設されたゴルフ場へと招き、ゴルフボールを介した異例の「対決」を持ちかけるのです。

この作品の最大の魅力は、本来であれば刀を向け合うべき立場の龍馬と近藤が、ゴルフという非暴力的な手段で向き合う点にあります。物語は、陽気でどこか掴みどころのない坂本龍馬と、生真面目で揺るぎない信念を持つ近藤勇という対照的な二人の人間像を鮮やかに描き出します。ゴルフのルールも知らない近藤がミスを連発する様を、龍馬が時にからかい、時に優しく教えながら、二人は当時の政治情勢やそれぞれの理想について腹を割って語り合います。剣戟ではなく、ゴルフのプレイを通じて互いの内面にある熱い想いや志を確認し合う姿が、観る者に深い印象を与えます。

1987年の映画版は、その独創的な設定を活かした娯楽作品として制作されました。渡瀬恒彦が坂本龍馬を演じ、原作者の桂三枝自身が近藤勇役を務めたほか、高橋惠子、島田紳助、太平シロー、桂文珍、オール阪神・巨人、西川のりお、明石家さんま、西川きよしといった、当時第一線で活躍していた吉本興業所属のお笑い芸人・タレントが多数出演しているのが大きな特徴です。そのため、全編にわたり笑いの要素が散りばめられたコメディタッチの作品に仕上がっています。しかし、単なるドタバタ喜劇ではなく、佐々木守が手掛けた脚本は、坂本龍馬や近藤勇といった歴史上の人物のキャラクター造形や、幕末という時代背景について綿密な考証を行った上で、この荒唐無稽とも思える設定を説得力を持って構築しています。また、近藤役の桂三枝が落語家としての関西弁ではなく標準語での演技に挑戦したことも話題となりました。結果として、興行成績は同時上映された斉藤由貴主演、大森一樹監督の青春映画『「さよなら」の女たち』には及ばず、比較的早い時期に上映が終了したという側面はあるものの、そのユニークな企画性やキャスティング、内容面から、一定の評価を得ている作品です。

映画公開後、本作は様々なメディア展開を見せました。1987年には東宝からレンタル用のVHSビデオがリリースされ、家庭でも楽しめるようになりました。また、原作である桂三枝の創作落語そのものも、書籍として1987年にサンケイ出版から、1989年には角川文庫から刊行されています。さらに、2001年にはキングレコードから発売されたCDアルバム『桂三枝大全集〜創作落語125撰〜第1集』の中に、この「ゴルフ夜明け前」の落語音源が収録されるなど、幅広い媒体を通じてその存在が知られることとなりました。このように、『ゴルフ夜明け前』は、落語という伝統的な話芸を基盤としつつ、映画や出版物など、多様な形態で展開された、日本エンターテイメント史における特異な作品の一つと言えるでしょう。

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