サウジアラビアのハーイル地方の岩絵

サウジアラビア、ハーイル地方の岩絵群：砂漠化の歴史を刻む古代の記憶

サウジアラビアのハーイル地方に点在する岩絵群は、2015年にユネスコの世界遺産に登録されました。これらの岩絵は、ハーイル州に位置する2つの遺跡、ジャバル・ウンム・シンマンとジャバル・アル＝マンジュール、ジャバル・ラアトに残されており、中東地域で最大級の規模を誇ります。

1万年の物語を語る岩絵

この岩絵群の特筆すべき点は、単なる美術的価値に留まらず、約1万年という長きにわたり、アラビア半島が砂漠化していく過程で人々の生活様式がどのように変化していったのかを物語る、貴重な歴史的証拠であるという点です。描かれている動物の種類やモチーフの変化は、気候変動と人々の適応の歴史を雄弁に物語っています。また、時代が下るにつれてイスラム教の影響が見られるようになるなど、文化の変遷も垣間見ることができます。

「ジュッバ様式」と呼ばれる独特の様式で描かれた岩絵は、その芸術性の高さも評価されています。単純な石槌を用いて描かれた線刻画は、視覚的な魅力を湛え、人々の創造性を今に伝えています。

構成資産

この世界遺産は、以下の2つの構成資産から成り立っています。

ジャバル・ウンム・シンマン (Jabal Umm Sinman)：ハーイルの北西約90km、ジュッバに隣接する考古遺跡です。周囲を砂漠に囲まれたこの場所には、数多くの岩絵が残されています。19世紀以降、ヨーロッパ人によって記録されていましたが、本格的な研究は20世紀後半に始まりました。
ジャバル・アル＝マンジュールとジャバル・ラアト (Jabal al-Manjor and Jabal Raat)：ハーイルの南方約250km、シュウェイミス近郊に位置する2つの岩山です。長い間砂に埋もれていましたが、2001年に再発見されました。この遺跡からは、1万年に及ぶ岩絵とともに、関連する石器群も出土しています。

登録への道のり

2012年に世界遺産の暫定リストに記載された後、2014年に正式に推薦されました。国際記念物遺跡会議（ICOMOS）は、類似の岩絵は存在するものの、時代、期間、量、質の点で、ハーイル地方の岩絵は顕著な普遍的価値を持つと評価しました。当初、景観を損ねる給水関連施設への対策や緩衝地域の設定について「情報照会」を勧告されましたが、第39回世界遺産委員会でサウジアラビア側の対策報告などを受け、最終的に登録が決定しました。

しかし、岩絵への落書きなど、保護管理上の課題も残されており、今後の対策が求められています。

登録名と登録基準

正式登録名は英語で「Rock Art in the Hail Region of Saudi Arabia」、フランス語で「Art rupestre de la région de Hail en Arabie saoudite」です。

この世界遺産は、以下の登録基準を満たしています。

(1) 人類の創造的才能を表現する傑作：段階的な砂漠化を背景に、単純な石槌を用いた一定の幅の技量で創出された並外れた数の線刻画群は、視覚的に魅せられる人類の創造的才能の表現である。
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠：環境上の激変に対応した過去の社会の挑戦について傑出した証言を提供している。シュウェイミスの線刻画群は、その存在の並外れて詳細な記録を残して消えてしまった社会の例外的な証言を提供している。

ハーイル地方の岩絵群は、古代の人々の生活、文化、そして環境との関わりを今に伝える、かけがえのない文化遺産です。これらの岩絵を保護し、未来へと継承していくことが、私たちの責務と言えるでしょう。

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