サムソンとデリラ (ヴァン・ダイク)

フランドルのバロック期を代表する画家アンソニー・ヴァン・ダイクが、1628年から1630年頃にかけて制作したキャンバス上の油彩画に、『サムソンとデリラ』（または『サムソンの捕縛』）があります。この作品は、『旧約聖書』の「士師記」に記されている、力自慢の英雄サムソンとペリシテ人の美女デリラの物語を主題としています。

物語の主人公サムソンは、並外れた怪力の持ち主として知られます。素手で獰猛なライオンを仕留め、一人で千人の敵を打ち倒すほどの強さを持っていましたが、その一方で女性に心を奪われやすいという一面も持っていました。敵対するペリシテ人の美女デリラに深く心を寄せたサムソンは、彼女に自身の力の源泉が切られることのない髪の毛にあることを明かしてしまいます。この秘密を知ったデリラは、彼が眠っている間にその髪を切り落とします。力を失ったサムソンは敵に捕らえられ、両目を抉り取られた上、牢獄に投じられるという悲劇的な結末を迎えます。

後に、ペリシテ人の王が開催した祝宴で、見世物として引き出されたサムソンは、再び生え伸びて力を取り戻した髪によって怪力を回復します。そして、建物の柱を押し倒し、数千人のペリシテ人とともに自らの命も絶つという壮絶な最期を遂げるのです。

ヴァン・ダイクの本作は、師であるピーテル・パウル・ルーベンスが手がけた同主題の作品に影響を受けています。しかし、ヴァン・ダイクはルーベンスとは異なる視点でこの悲劇を描いています。ルーベンスがサムソンを無力な囚人として、そしてデリラを冷酷な誘惑者として表現したのに対し、ヴァン・ダイクは両者の内面に宿る心理をより複雑かつ繊細に捉えようとしています。

画家は、サムソンの最後の英雄的な抵抗を描くのではなく、むしろ裏切りが行われる瞬間の両者の入り混じった感情に焦点を当てています。デリラは自身の行った裏切り行為に直面し、後悔と驚愕の表情を浮かべ、迷いがあるかのように曖昧にサムソンへ手を差し伸べる姿で描かれています。一方、サムソンは、愛する者から受けた裏切りに対する深い悲痛と絶望を滲ませた表情を浮かべています。このように、ヴァン・ダイクは単なる聖書の物語の再現にとどまらず、登場人物の心の揺れ動きや葛藤を巧みに表現しています。

また、この作品に見られる色彩表現は、ヴァン・ダイクがイタリアに滞在した際に受けたティツィアーノの影響が明確に表れています。

この絵画は、17世紀の美術史家ジョヴァンニ・ピエトロ・ベッローリの記録によると、1659年には当時のスペイン領ネーデルラント総督であったレオポルト・ヴィルヘルム大公に献上され、大公の著名なコレクションに加えられたとされています。現在は、オーストリアのウィーンにある美術史美術館で鑑賞することができます。

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