サンディエゴ戦車暴走事件

サンディエゴ戦車暴走事件

1995年5月17日、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴにおいて、1人の男性が陸軍の戦車を盗み出して市街地を暴走し、その末に警察官によって射殺されるという衝撃的な事件が発生しました。この事件は、実行犯の抱える深い苦悩と、突如として街に出現した巨大な破壊兵器という異様な光景から、多くの人々に記憶されています。

事件の背景

事件を起こしたショーン・ティモシー・ネルソン（当時35歳）は、かつてアメリカ陸軍に所属した退役軍人であり、事件当時は配管工として生計を立てていましたが、失業中でした。彼の人生は、1990年代初頭から急速に暗転していきます。

1990年、オートバイ事故で首と背中に重傷を負い、入院。この際、病院に対する訴訟を起こしますが、棄却された上に逆に医療費などを請求される事態となります。翌1991年には6年間連れ添った妻と離婚。さらに、両親を癌で相次いで失うという悲劇に見舞われました。これらの出来事が重なり、ネルソンは精神的に不安定になり始めます。

1993年頃からは薬物、特にメタンフェタミンの乱用が顕著になり、彼の行動はさらに奇異なものとなっていきました。隣人からは大声での口論が頻繁に聞かれ、警察が呼ばれることも度々ありました。裏庭に突如として深さ4.6メートルにも及ぶ巨大な穴を掘り始め、金などの鉱物を掘り当てようとする強迫観念的な行動も見られました。また、1995年2月には、自宅の裏庭にもかかわらず、採掘計画書を郡に提出しています。同年4月には、警察の怠慢や不法逮捕を理由に市に対して計200万ドルの損害賠償を求める訴訟を起こしています。

首と背中の負傷に加え、配管工具を盗まれたことで、仕事は事実上休業状態に追い込まれました。収入を失い、公共サービスは停止され、家屋は差し押さえられる寸前でした。追い打ちをかけるように、1995年4月には同居していたガールフレンドが亡くなります。これらの苦痛から逃れるためにメタンフェタミンを使用し、深い鬱状態からアルコールにも溺れるようになります。彼の兄弟は後に「私の兄弟は良い男でした。誰にでも救いの手を差し伸べたが、彼は自分を救うことができなかった」と語っています。

事件の前週には友人に自殺願望を漏らしており、オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件（同年4月19日発生）について「オクラホマは見事だった」と語っていたとされます。警察は彼が爆破事件やテロリストと関連があるとは考えませんでしたが、その言葉は彼の精神状態の一端を示すものかもしれません。

戦車暴走と終結

1995年5月17日の夕方、ネルソンはサンディエゴのカーニーメサ地区にある州兵兵器庫に向かいました。通常は施錠される車両ゲートが開いたままになっていたため、彼は敷地内に容易に侵入することができました。兵器庫の従業員が遅くまで作業していたことが、結果的に侵入を許すことになります。

ネルソンはバールを使って戦車のハッチを開けようと試み、数台目でついにM60パットン戦車を発進させることに成功します。この時、近づいてきた州兵に気付かれますが、既に戦車は動き始めており、制止は不可能でした。幸いにも、弾薬は別の建物に保管されていたため、戦車に実弾は搭載されていませんでした。

戦車は兵器庫から飛び出し、サンディエゴ郊外のクレアモント地区の通りを暴走し始めます。最高時速約72kmで走行する57トンの巨体は、その進路上のあらゆるものを破壊しました。停車中の車、消火栓、道路標識、信号機が次々と破壊され、バンを押し潰し、さらにキャンピングカーにも突っ込みました。橋脚を破壊しようとした試みは失敗に終わります。

この23分間の暴走は、ヘリコプターからの空撮映像を通じて地元テレビ局によって生中継されました。警察車両が追跡するものの、戦車には容易に近づけません。

最終的に、ネルソンが州道163号線の中央分離帯を乗り越えようとした際に、戦車は分離帯に乗り上げ停止しました。この時、戦車のキャタピラの一つが外れ、「キャタピラを放り投げた」状態となり、完全に走行不能となりました。この状況を確認した警察官4人が戦車に乗り込み、訓練を受けたポール・パクストン巡査がハッチを開けることに成功します。警官たちはネルソンに投降を命じますが、彼は応じず、戦車を前後に揺らし始めました。この行為を受け、パクストン巡査の同僚であるリチャード・ピナー巡査がネルソンを射殺し、事件は終結しました。

その後の議論と報道

事件後、警察による射殺の必要性について議論が巻き起こりました。警察署長は、もし戦車が対向車線に侵入していれば、多数の車両が破壊される危険があったと説明しました。また、催涙ガスなどの非殺傷手段ではネルソン自身を制止できる保証がなく、戦車が動き続けた場合、警官が戦車に侵入することが不可能になると判断したと述べています。キャタピラが外れて戦車が完全に停止していたという事実が、この議論に影響を与えました。

地元のテレビ局、特にKGTVは、警察が上半身裸で血まみれになったネルソンを戦車から引きずり出す衝撃的な映像を放送しました。この映像が放送されたことは議論を呼びましたが、ニュースディレクターは「物語の重要な部分」であり、事前に警告を行った上で放送したと説明しました。

兵器庫の警備体制

事件が発生した州兵兵器庫の警備体制には重大な過失があったと批判されました。車両ゲートが開けっ放しであったこと、敷地を囲むフェンスの一部に破損があったことなどが問題視されました。兵器庫側は、車両は限られた人間しか操作できず、まさか盗難されるとは予期できなかったと弁明しましたが、事件後、カーニーメサ兵器庫の警備は強化されました。

余波

この事件は社会に大きな衝撃を与え、後にドキュメンタリー映画『Cul de Sac: A Suburban War Story』が製作されるなど、様々な形で取り上げられました。また、ミュージシャンのモジョ・ニクソンは、この事件に触発された楽曲「Tankman Blues」を発表しています。

類似の事件としては、2004年にコロラド州で発生した、装甲ブルドーザーで建物を破壊して暴走したキルドーザー事件が挙げられます。

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