サー・トーマス・モアの肖像

サー・トーマス・モアの肖像

『サー・トーマス・モアの肖像』は、ルネサンス期の画家ハンス・ホルバインによって描かれた絵画であり、1527年に制作されました。この作品は、オーク材の板に油彩で描かれ、トーマス・モアをモデルとして委託されています。ホルバインがこの作品を手掛けるきっかけとなったのは、彼がロンドンに滞在していた際に人文主義者デジデリウス・エラスムスと親交を深め、エラスムスからモアと友人になるよう薦められたことです。

モアは当時40代で、庶民院の権力を持ち、騎士の爵位を有する議員であり、イギリスの著名な文化人でした。この肖像画は、現在ニューヨークのフリック・コレクションに収蔵されています。作品の特徴的な要素として、モアが誇らしげに身に付けている「エセスの首輪」があります。この金の鎖には、国王ヘンリー8世から贈られた王家の紋章「テューダー・ローズ」が刻まれており、モアが国王の下で仕官していることを象徴しています。

モアは著作『ユートピア』を通じて王政を批判しましたが、ヘンリー8世は彼の政治的手腕を評価し、1529年には最高位の大法官に任命しました。しかし、離婚問題を巡りローマ教皇クレメンス7世と対立したヘンリー8世が、英国国教会を設立すると、モアはこれに強く反発し、結果として1535年に57歳で処刑されることになります。

ホルバインの描くモアの瞳には、絶対王政の時代にあっても信念を貫こうとする強い意志が表現されています。細部にわたる忠実な描写や堂々たる構図は、モアの地位や個性にふさわしい威厳を醸し出しています。この作品は、モアの人物像を単に描くだけでなく、彼の思想や勇気の象徴としても評価されています。

ホルバインには、モアの麻豆像を複数制作していた形跡がありますが、その一部は現存せず、現在知られているのは数枚の素描や複製に過ぎません。特に、英国王室コレクションに所蔵されている肌色の素描は本作との関連性が高いとされ、また、ナショナル・ポートレート・ギャラリーには17世紀初頭に描かれたと思われる複製も存在します。1852年には、ロイヒテンベルク・ギャラリーの目録に本作が記載されており、この複製作成の経緯についても関心を集めています。

この肖像画は、ルネサンス期の重要な文化的な文脈の中で、個々の信念や思考を表現する重要な作品として位置付けられています。モアの姿勢とその背後にある故事は、多くの人々に影響を与え、今日でも評価され続けています。

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