デジデリウス・エラスムス

デジデリウス・エラスムス：宗教改革を揺るがした人文主義者の生涯と業績

デジデリウス・エラスムス(1469年-1536年)は、宗教改革という激動の時代を生きた、ネーデルラント出身の傑出した人文主義者です。カトリック司祭であり、神学者、哲学者として、またギリシャ語新約聖書の校訂者として、ヨーロッパの歴史に名を刻みました。彼は、ロッテルダムに生まれ、「ロッテルダムのエラスムス」として広く知られています。洗礼名はエラスムス、1496年からは自身でデジデリウスと名乗りました。

生い立ちと修道生活

エラスムスは、高名な司祭の父と医師の娘の母との間に私生児として生まれました。幼少期に両親を亡くした彼は、寄宿学校で「デヴォツィオ・モデルナ」(新しき信心)という信心運動の影響を受けた教育を受けました。その後、聖アウグスチノ修道会に入会しますが、修道生活よりも学問への情熱を優先。卓越したラテン語能力を買われ、カンブレー司教の秘書に任命されることで修道会を離れ、パリ大学へ入学。神学博士号取得を目指し勉学に励みました。

人文主義者としての活躍

パリでの生活は経済的に苦しく、彼は個人教授としてラテン語を教え、そこで培った人脈を活かし、1499年にイングランドへ渡ります。ジョン・コレットやトマス・モアといった著名な人文主義者、そして後のヘンリー8世と交流を深めました。コレットの影響を受け、聖書研究に没頭し、『古典名句集』や一般信徒向けの信心書『エンキリディオン』を出版。これらの著作は高い評価を受け、彼の名声を確固たるものにしました。

1506年にはイタリアへ渡り、トリノ大学で神学博士号を取得。その後、『痴愚神礼賛』の構想を練り上げます。この作品は古典をモチーフに、エラスムスのユーモアと鋭い風刺が織りなされた傑作です。スイスのバーゼルに移住後、彼は優れた印刷業者ヨハン・フローベンと出会い、彼の出版事業を通じて数々の著作を世に送り出しました。

特に1516年に出版された『校訂版　新約聖書』は、ギリシャ語原典に基づいたラテン語訳聖書として高く評価されました。この聖書はルターのドイツ語訳聖書にも影響を与えたとされています。また、エラスムスの聖書への取り組みは、当時のスコラ学的な聖書解釈とは異なるアプローチであり、この点でも彼の革新性が示されています。

ブルゴーニュ公シャルル（後の神聖ローマ皇帝カール5世）から名誉参議官に任命されたり、スペインの枢機卿ヒメネス・デ・シスネロスから聖書校訂のアドバイザーとして招聘されるなど、エラスムスは学者として絶大な信頼を得ていました。シャルルのためには『キリスト教君主教育』も著しています。

ルターとの論争

1517年のルターの『95ヶ条の論題』発表は、ヨーロッパに大きな衝撃を与えました。当初、エラスムスはルターの「聖書中心主義」に共感し、ルターを支援しようと試みます。しかし、ルターの急進的な活動はエラスムスの想定を超え、両者の思想の違いが明確になります。エラスムスはキリスト教徒の一致を最優先事項とし、ルターの教会分裂への動きに反対しました。そのため、ルター派からもカトリック派からも批判の対象となりました。

自由意志に関する論争は、この対立を象徴的に示しています。エラスムスの『自由意志論』に対し、ルターは『奴隷意志論』で反論。エラスムスは『反論』で応じますが、泥沼化した論争から離脱します。

晩年と評価

晩年は、宗教改革の進展に伴う批判に直面し、バーゼルとフライブルクを転々とする生活を送りました。1536年、バーゼルで没しました。死後、彼の著作『痴愚神礼賛』は反カトリック的な文脈で使われたため、カトリック教会の禁書となりました。

エラスムスの思想は、「キリストの哲学」として要約できます。知識偏重の当時の神学への批判、聖書の重視、聖書を通してキリストを知ることを目指す姿勢は、彼の教育理念にも強く表れています。「デヴォツィオ・モデルナ」の影響を受けた彼の著作は、聖職者と信徒の格差是正にも貢献しました。

日本との関わり

1600年、大分県臼杵市に漂着したオランダ船リーフデ号は、元々はエラスムス号でした。この船には、三浦按針として知られるウィリアム・アダムスも乗船していました。船尾にはエラスムスの木像が飾られており、現在東京国立博物館に所蔵されています。

主な著作

『格言集』
『エンキリディオン』(キリスト教戦士の手引き)
『痴愚神礼賛』
『校訂版　新約聖書』
『キリスト教君主教育論』
『平和の訴え』
『自由意志論』
『ルターへの反論』

エラスムスの生涯と業績は、宗教改革という歴史的転換期における人文主義の重要な役割を示すものです。彼の思想は、現代においてもなお、多くの示唆を与え続けています。

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