ザポリージャ原子力発電所の危機

ロシアのウクライナ侵攻中、ザポリージャ原子力発電所（ZNPP）は、原子力安全上の重大な危機に見舞われました。ウクライナはこれをロシアによる核テロ行為と非難しています。欧州最大の原発であるザポリージャ原発は、砲撃によるインフラの破壊や送電線の損傷が相次ぎ、ウクライナのゼレンスキー大統領は、この状況を「史上最も困難」と表現しました。さらに、この原発がもたらす潜在的な脅威は、福島やチェルノブイリの災害規模の10倍に達する可能性があると警告しました。

国際原子力機関（IAEA）は、「ウクライナの状況は前例のないもの」と警告し、報告書の中で「大規模な原子力施設内で軍事衝突が発生した初の事例」だと述べました。原子力安全専門家のアッティラ・アゾディは、チェルノブイリ原発事故と同規模の事故は技術的に不可能だとしながらも、原発の安全を確保するための緊急措置を求めました。ベローナ財団は、この危機を「世界の原子力エネルギーコミュニティが想定すらしていなかった事態」と評しています。

タイムライン

占領開始:

2022年3月3日、ロシア軍がザポリージャ原発を占拠しました。同年7月5日、ウォール・ストリート・ジャーナルは、ロシア軍がBM-30「スメルチ」多連装ロケット砲を配備し、原発内に軍事基地を設置したと報じました。

攻撃と応酬:

7月19日から20日にかけて、ウクライナの自爆ドローンがロシアのBM-21グラードと軍用テントを攻撃し、ウクライナ国防省はロシア兵3名が死亡、12名が負傷したと発表しました。占領当局は、この攻撃で少なくとも従業員11人が負傷したと発表し、原子炉には損傷がなかったと主張しました。

IAEAの懸念:

8月3日、IAEAのラファエル・グロッシ事務局長は、原発の物理的完全性、必要な修理と保守、核物質の安全性について重大な懸念を表明しました。IAEAは査察団派遣を計画していましたが、ウクライナ側とロシア側の承認、国連の認可を待っていました。エネルゴアトムは、IAEAの訪問がロシアの存在を正当化することに繋がりかねないとして反対しましたが、占領当局はIAEAの訪問を歓迎しました。

砲撃の激化:

8月5日、原発の750kV配電盤が砲撃され、3基の変圧器が停止し、稼働中の原子炉1基が送電網から切り離されました。8月8日には、放射線センサー3基が損傷し、作業員1名が入院しました。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアが「核テロ」を行っていると非難しました。ロシアの支援を受ける地元当局は、ウクライナ軍が攻撃したと主張し、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は「原子力発電所への攻撃は自殺行為だ」と非難しました。エネルゴアトムは、国際平和維持軍の配備と非武装地帯の設置を求めました。

送電網からの切り離し:

8月9日、エネルゴアトムの責任者は、ロシアが原発をウクライナの送電網から切り離し、ロシアの送電網に接続しようとしていると述べました。8月11日、ロシアは原発の状況について話し合うために国連安全保障理事会の会合を要請しました。

IAEAの調査:

8月11日、ロシアとウクライナは互いに砲撃を非難し、IAEAの訪問を支持しました。グロッシ事務局長は状況を「非常に憂慮すべき」としながらも、原子力の安全に対する差し迫った脅威はないと述べました。8月後半には、ロシア軍のトラックや装甲車両が発電タービンを収容する建物に駐車している映像が公開されました。

IAEAの査察と常駐:

8月19日、フランス大統領とロシア大統領の電話会談後、ロシアはIAEA査察官の立ち入りを許可することに同意しました。査察のためには原発周辺での一時停戦が必要とされました。IAEAの専門家団は8月29日にウィーンを出発し、9月1日に現地に到着しましたが、砲撃報告を受けて一時足止めされました。9月2日、IAEA査察官の常駐が認められ、6人の査察官が原発に残り、そのうち2人が常駐することになりました。グロッシ事務局長は、原発の物理的な損傷や軍事作戦の激化に懸念を表明しつつも、査察官の存在が安定化に役立つと述べました。しかし、エネルゴアトムは、IAEA査察官がロシアに操られていると反論しました。

砲撃と送電線の切断:

9月3日、ロシアはウクライナ軍による上陸作戦を阻止したと発表しましたが、上陸作戦の詳細はメディアによって異なり、証拠も乏しい状況です。同日、砲撃により原発に電力を供給する最後の750kV送電線が切断されました。午後には原子炉1基が送電網から切り離されました。9月5日、IAEAはさらに多くの砲撃があったと報告しました。9月7日、情報レジリエンスセンターは、砲撃の証拠から、ロシア支配地域からの攻撃である可能性が高いと結論付けました。

IAEAの報告書:

9月6日、IAEAはウクライナの原子力施設に関する報告書を発表し、ロシア軍による原発占拠が原子力安全の7つの柱すべてに違反していると結論付けました。報告書では、原発への軍事装備の設置、施設の損傷、人員不足、サプライチェーンの混乱、そしてロシアの原子力専門家による指揮系統の干渉を指摘しました。また、原発職員が常に高いストレスとプレッシャーにさらされている状況が、ヒューマンエラーの増加につながる可能性も指摘しました。

原発の停止:

IAEA報告書の発表後も砲撃は続き、原発と接続している送電線7本すべてが損傷し、原発は自身の発電で電力を供給する「アイランド・モード」に移行しました。9月11日、エネルゴアトムは6号機を送電網から切り離し、原発の稼働を「完全に停止」させました。その後も、両者は原発内外での軍事行動について互いに非難し続けました。

所長の拘束と再稼働の可能性:

9月30日、ザポリージャ原発所長のイホル・ムラショフがロシア兵に拘束されました。エネルゴアトムは、この拘束で原発の安全が脅かされたと述べました。10月5日、AP通信は、エネルゴアトムのペトロ・コティン社長が、冬の寒さから安全設備を保護するために原子炉2基を再稼働させる可能性があると報じました。同日、ロシアのプーチン大統領はザポリージャ原発をロシアの管理下に置く大統領令に署名しました。ウクライナはこれを違法な原発接収の試みと非難しました。

攻撃の継続:

10月8日、砲撃により原発の外部電源への接続が失われ、非常用ディーゼル発電機が起動しました。IAEAは、原発が位置する地域ではほぼ毎日砲撃が行われていると報告しました。10月12日には、再び外部電源への接続が失われました。2022年10月19日には、ドニプロ川の対岸からの上陸作戦による原発奪還の試みが発生しました。ロシア国防省は、ウクライナ軍が多数の兵士を失ったと報告しましたが、ウクライナ側は当時これを否定していました。しかし、2023年にタイムズ紙が、作戦が行われたことを確認しました。2023年10月には、ウクライナ諜報部隊が2022年8月以降に3回にわたり原発を占拠しようと試みましたが、失敗に終わったことが明らかになりました。

11月の砲撃とIAEAの原則:

11月19日と20日、原発は過去数カ月で最も激しい爆撃を受けました。IAEAは、いくつかの場所で損傷があったものの、外部電源と放射線量は正常のままであると報告しました。2023年5月30日、IAEAのグロッシー事務局長は国連安全保障理事会に対し、原発の状況と安全のための5つの原則を提示しました。これらの原則は、軍事攻撃を避け、重火器の保管や軍事基地として原発を利用しないことを目的としています。

カホフカダムの決壊と冷却:

2023年6月6日、カホフカダムの決壊により、原発の主水源であるカホフカ貯水池の水位が大幅に低下しました。しかし、敷地内の冷却池には数ヶ月間冷却用の水を提供するのに十分な貯水量があることが推定され、また、代替水源を確保するための井戸の建設も進められました。2023年7月時点では、冷却池の水位は1日あたり1～2cmずつ減少していますが、数ヶ月間は十分な水が残っており、IAEAは必要な冷却水を供給するために現場に追加の井戸を建設する計画を報告しました。2023年10月、IAEAは、最近完成した11の地下井戸が稼働中であり、12のスプリンクラー冷却池すべてに十分な量であると報告しました。

原発の停止と破壊工作の脅威:

2023年6月8日、付近での浸水と砲撃のため、6号炉が冷温停止状態にされました。2023年7月には、750kVの送電網が再接続され、全ての原発の安全システムが確保されました。2023年10月には、2台目の原子炉である5号機がメンテナンス後に再び高温停止状態となり、地域暖房を提供することになりました。代替の外部蒸気発生器の設置が計画されています。

2023年6月から7月にかけて、ウクライナとロシアは、ザポリージャ原発での破壊工作や偽旗作戦の準備を非難し合いました。IAEAは、原発の境界外や内部の特定の場所に地雷が設置されていることを確認しましたが、主要な安全機能に重大な影響はないと評価しました。7月には、タービンホールの屋根などへのアクセスを求め、軍事駐留の有無を確認しました。アメリカ原子力協会の分析では、最悪のシナリオでも放射線漏れが発生する可能性は非常に低いとされています。

結論

ザポリージャ原子力発電所は、ロシアのウクライナ侵攻によって前例のない危機に直面しています。砲撃、占領、人員不足、インフラの損傷、そして送電網からの切り離しなど、数多くの問題が発生しています。IAEAの査察団が常駐し、安全確保のための努力が続けられていますが、依然として緊張状態は続いています。

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