ザ・デス・オブ・エメット・ティル

「ザ・デス・オブ・エメット・ティル」は、ボブ・ディランが1962年から歌い始めた楽曲です。この曲は、1955年に起きたアフリカ系アメリカ人の少年エメット・ティルが、白人男性によって殺害された事件を題材にしています。ディランはこの事件の悲劇と、加害者が無罪となった裁判の不条理さを歌い上げました。

事件の概要

1955年8月、イリノイ州シカゴに住む14歳のエメット・ティルは、夏休みにミシシッピ州マネー近郊の親戚を訪れました。彼は従兄弟たちと共に、ブライアント夫妻が経営する食料品店に立ち寄りました。店番をしていたのは妻のキャロライン・ブライアントでした。後日、キャロラインの証言を信じた夫のロイは、ティルの居場所を突き止め、8月28日の未明、ティルを誘拐しました。ロイは、兄のJ.W.ミランと共に納屋でティルをリンチし、死体をタラハシー川に遺棄しました。

ティルの母親は、息子の殺害の残忍さを広く知らしめるため、棺を開けたまま葬儀を行いました。このことが連日報道され、ロイ・ブライアントとミランを被告とする裁判は、全米の注目を集めました。しかし、同年9月23日、陪審員は被告に無罪の評決を下しました。この判決は、全米黒人地位向上協会をはじめとする多くの人々から激しい非難を受けました。また、ラングストン・ヒューズやウィリアム・フォークナーなど、多くの作家や詩人が、この事件を作品に取り上げました。

ボブ・ディランの楽曲

ボブ・ディランは、この事件を題材に、1962年から「ザ・デス・オブ・エメット・ティル」を歌い始めました。歌詞の中で、ディランは事件の残虐さを生々しく描写し、加害者たちの行動を厳しく批判しています。「彼らは『俺たちには正当な理由があった』と言った。それが何だったか忘れたが／彼らは彼を拷問し、悪鬼でもなければ続けることのできないことをしっかりやり遂げた」「彼らがティルを殺したのはただ殺すのが楽しいからだ／嘘じゃない／殺したのはゆっくり死んでいくのを見たかったからなんだ」と歌い、最後に「この種のことはあのお化けの格好をしたクー・クラックス・クランの中に今日も生き続けている」と締めくくっています。

レコーディングとリリース

この曲は、当初、ディランのオリジナル・アルバムには収録されませんでした。初めて正式にレコード化されたのは、1972年にフォークウェイズ・レコードから発売されたコンピレーション・アルバム『Broadside Ballads Vol. 6 Broadside Reunion』でした。このアルバムでは、「The Ballad of Emmett Till」というタイトルで収録されています。録音は1962年5月にWBAIスタジオで行われたものです。

また、この曲には複数の別バージョンが存在します。

1962年1月29日、ニューヨークで録音されたバージョンは、『The 50th Anniversary Collection』（2012年）に収録されています。
1962年4月24日、ニューヨークのコロムビア・レコーディング・スタジオでセカンド・アルバム用に録音されたバージョンも、『The 50th Anniversary Collection』（2012年）に収録されています。
1962年7月2日、モントリオールのフィンジャン・クラブで行われたライブバージョンも、『The 50th Anniversary Collection』（2012年）に収録されています。
1962年12月に録音されたデモバージョンは、『ザ・ブートレッグ・シリーズ第9集：ザ・ウィットマーク・デモ』（2010年）に収録されています。

ディランはこの曲を通じて、人種差別の根深さと、社会的不正義に対する怒りを表現しました。この曲は、現在もなお、そのメッセージの重要性を失っていません。

その他

ジョーン・バエズは、1963年にA・C・ビルブリューが書いた同名の曲「Death of Emmett Till」をコンサートで歌っていました。この曲は、後に2002年の再発盤にボーナストラックとして収録されました。

参考資料

Whitfield, Stephen (1991). A Death in the Delta: The story of Emmett Till. Baltimore: Johns Hopkins University Press.

関連項目

エメット・ティル

もう一度検索