シシリエンヌ (フォーレ)

シシリエンヌ 作品78

ガブリエル・フォーレが1893年に手掛けた「シシリエンヌ」作品78は、その心地よい旋律と優雅な雰囲気から、作曲家の作品の中でも特に広く親しまれている小品です。シチリア島発祥とされる舞曲形式であるシチリアーナ（シシリエンヌ）のリズムに乗ったこの曲は、ト短調、6/8拍子で書かれており、どこか物憂げでありながらも温かみを感じさせる独特の情感を湛えています。

この曲は、もともと単体で作曲されたものではなく、ある劇作品のための付随音楽の一部として構想されました。1892年、パリのÉden-Théâtreの支配人が、劇作家モリエールによるコメディ『町人貴族』の上演のために、高名な作曲家カミーユ・サン＝サーンスに付随音楽の作曲を依頼します。しかし、多忙を極めていたサン＝サーンスは、その仕事をかつての弟子であり、盟友でもあったフォーレに委ねることとしました。フォーレはこの依頼を受けて、『町人貴族』のための音楽を作曲しましたが、不運にも劇場が1893年に破産してしまったため、この音楽が本来の目的で日の目を見ることはありませんでした。シシリエンヌの最初の形は、この時作曲されたオーケストラ作品の中に含まれていました。

その後、この曲はベルギーの詩人・劇作家であるメーテルリンクの戯曲『ペレアスとメリザンド』の上演のための付随音楽として転用され、新たな命を吹き込まれます。フォーレは、この劇のために新たな音楽を作曲する際に、以前書いた『町人貴族』の音楽からいくつかの曲を選び出し、再構成しました。シシリエンヌは、この『ペレアスとメリザンド』付随音楽の第5曲として組み込まれ、劇中では第2幕において、主要登場人物であるペレアスとメリザンドが泉のほとりで戯れる印象的な場面の前奏曲として演奏されました。この付随音楽は後に組曲としてまとめられ、今日では演奏会で頻繁に取り上げられています。

楽曲は、小規模ながらも明確な構成を持つ小ロンド形式（A-B-A-C-A-Coda）を取っています。特に有名なのは主要主題が現れるAの部分です。ここでは、軽やかなハープの分散和音が背景に流れ、その上にフルート独奏が、特徴的な付点リズムを持つ優美で少し哀愁を帯びた旋律を奏でます。このフルートの旋律が、聴く者に強い印象を与え、曲全体の魅力を決定づけています。続くB部やC部では、主題が異なる楽器で現れたり、対比的な楽想が提示されたりしますが、基本となるシチリアーナのリズムと全体の雰囲気が保たれています。

このシシリエンヌには複数の版が存在します。組曲版『ペレアスとメリザンド』に含まれるオーケストラ版は、フォーレ自身ではなく、彼の弟子であるシャルル・ケクランがオーケストレーションを手掛けています。この組曲版における速度指示は「Allegretto molto moderato」（やや速く、しかし穏やかに）となっています。一方、フォーレは『ペレアスとメリザンド』の付随音楽が完成する以前に、このシシリエンヌをチェロとピアノのためのデュオ曲として作品78として既に出版していました。こちらの版はチェロが主旋律を歌い、ピアノが伴奏を受け持ちます。このチェロとピアノ版に付けられた速度指示は「Andantino」（少し遅めに）となっており、組曲版に比べてやや落ち着いたテンポで演奏されることが一般的です。

このように、シシリエンヌは本来の目的とは異なる形で世に出ながらも、『ペレアスとメリザンド』付随音楽の傑作として、またチェロやフルートなど様々な楽器とピアノのための編曲を通じて、フォーレの最も愛される小品の一つとしての地位を確立しました。その優美で詩的な響きは、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

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