シュザンヌ・フールマンの肖像

ピーテル・パウル・ルーベンス作『シュザンヌ・フールマンの肖像』

『シュザンヌ・フールマンの肖像』（蘭: Portret van Susanna Fourment, 英: Portrait of Susanna Fourment）は、バロック美術の巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1622年から1625年にかけて制作した油彩の肖像画です。『シュザンヌ・ランデンの肖像』（Portret van Suzanna Lunden）とも呼ばれるこの作品は、ルーベンスの女性肖像画の中でも特に名高いものの一つで、現在ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

モデル：シュザンヌ・フールマン

モデルとなったシュザンヌ・フールマン（1599年–1643年）は、アントウェルペンの裕福な絹とタペストリー商人の娘として生まれました。彼女の父ダニエル・フールマンはルーベンスの友人であり、顧客でもありました。シュザンヌは生涯で二度の結婚を経験しており、一度目はライモント・デル・モンテと結婚し娘クララをもうけました。その後、アーノルド・ランデンと再婚し、息子アーノルドと娘カタリナを授かっています。興味深いことに、娘クララはルーベンスの息子アルベルトと結婚しています。

実は、この絵画のモデルがシュザンヌであるという確固たる記録は残されていません。しかし、絵に描かれた女性が20代に見えること、そして作品の所有者がシュザンヌの再婚相手のランデン家であったことから、彼女がモデルであると推測されています。また、制作時期も彼女の再婚直後と考えられています。

ルーベンスは、この作品の数年後にシュザンヌの末妹エレーヌと再婚しました。この結婚はシュザンヌに魅了されたことがきっかけであったとも言われています。ルーベンスは当時52歳で、その後10年の間に5人の子供をもうけています。

作品の別名と特徴

この作品は18世紀以降、『ル・シャポー・ド・ペイユ』（Le Chapeau de Paille, 「麦わら帽子」）という名前で広く知られるようになりました。しかし、描かれている帽子は実際にはフェルト製であり、なぜ麦わら帽子と呼ばれるようになったのかは謎です。おそらく、フランス語の「Paille」（藁）が誤って伝わった結果、『ル・シャポー・ド・ペイユ』というタイトルが広まったと考えられています。

ルーベンスはこの絵で、高価な衣装と宝飾品を身に着けた女性を描いています。彼女は腕を胸の下で交差させ、少しうつむきながら視線を逸らしています。頭にはダチョウの羽をあしらった黒い帽子を被り、耳には大きなイヤリングをしています。この黒い帽子は1620年代のオランダで流行したもので、ビーバーの毛皮から作られた高価なフェルト製でした。これらの装飾は彼女の裕福さを象徴しています。指には指輪がはめられており、結婚していることが分かります。

ルーベンスは、制作過程でオーク板を継ぎ足して画面を拡張しています。まず右側に板を追加し、背後の黒雲と左肩の肩掛けを描き、さらに下に追加して胴と腕を完成させました。彼は、グレー、赤、黒、青といった強い色彩を用い、瞳の大きさや首の長さを強調して描いています。また、豊かな胸と細いウエストはルーベンスの理想的な女性美を表現しています。特に胸元に当てられた強い光は、彼女の美しさを際立たせています。背景の黒雲は、明るい青空と対比され、黒い瞳を強調する役割を果たしています。

作品の来歴

この絵画は、制作後1世紀以上ランデン家が所有していました。1771年にアントウェルペンの名家出身のジャン＝ミシェル・ファン・アーヴルが購入しました。ファン・アーヴルはランデン家出身の女性と結婚しており、ルーベンスの女性肖像画を3点所有していました。その後、銀行家アンリ＝ジョセフ・スティア・ファン・アールツェラール男爵のコレクションに加えられました。男爵はルーベンスの子孫で、フランスの支配からコレクションを守るためにアメリカに移住しました。彼の死後、コレクションはブリュッセルのアートディーラーに売却され、その後イギリス国王ジョージ4世、そして第2代サー・ロバート・ピール準男爵のコレクションとなりました。

ピールの死後、コレクションは息子のロバート・ピールが相続しましたが、1871年にナショナル・ギャラリーに売却されました。こうして、『シュザンヌ・フールマンの肖像』はナショナル・ギャラリーに所蔵されることとなりました。

作品の影響

この作品は、多くの画家に影響を与えました。フランスの画家エリザベート＝ルイーズ・ヴィジェ＝ルブランは、この作品を見て自画像『麦わら帽子の自画像』を制作しました。また、イギリスの画家トーマス・ローレンスも、ロバート・ピール準男爵が所有していたこの絵画に触発され、『ピール夫人ジュリアの肖像』を描きました。さらに、フランドルの画家大フェルディナント・デ・ブレケレーアは、この絵画の制作風景を描いた『庭のパビリオンで《麦わら帽子》を描くルーベンス』を制作しました。

ギャラリー

シュザンヌ・フールマンを描いたとされる他の作品も存在します。

作品1の画像
作品2の画像
作品3の画像

参考文献

Anne-Marie Logan, Michiel C. Plomp. Peter Paul Rubens: The Drawings. Metropolitan Museum of Art Series (2005)
Flemish Paintings in The Metropolitan Museum of Art. Walter A. Liedtke, with a foreword by Sir John Pope-Hennessy (1984)
Max Rooses, Harold Child. Peter Paul Rubens: Volume II, Duckworth & Co (1904)

外部リンク

* ナショナル・ギャラリー公式サイト, ピーテル・パウル・ルーベンス『シュザンヌ・ライデンの肖像』

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