シリウス (蒸気船)

シリウス (SS Sirius)

SSシリウスは、1837年にスコットランドのリースで誕生したイギリスの蒸気船です。セント・ジョージ蒸気郵船会社が所有する外輪船で、両舷に備え付けられた巨大な外輪を回して航行しました。当時としてはまだ帆船が主流であった時代に、蒸気機関を主動力としていましたが、補助動力として帆走も可能にするため、2本のマストを備えていたことが特徴です。船の名前は、おおいぬ座で最も明るい恒星であるシリウスに由来しており、その名前を反映してか、船首には黒犬の像が飾られていました。

建造後、本船はまずイギリス国内の主要航路であるロンドンとアイルランドのコークを結ぶ航路に就航しました。

歴史的な大西洋横断

1838年、大西洋を蒸気船で横断する新たな航路を開設しようという競争がイギリス国内で高まっていました。ブリティッシュ・アンド・アメリカン蒸気航海会社は、この航路の一番乗りを目指していましたが、自社で建造を進めていた新造船「ブリティッシュ・クイーン」の完成が遅れていました。そこで、競争相手に先駆けて歴史的な航海を実現するため、同社はセント・ジョージ蒸気郵船会社から「シリウス」をチャーター（傭船）することにしました。

準備を終えた「シリウス」は、1838年3月28日にロンドンを出港し、大西洋横断の出発点となるコークへ向かいました。この移動中、偶然にもライバルであるグレート・ウェスタン蒸気船会社の「グレート・ウェスタン」と遭遇しています。両船とも蒸気船による大西洋横断を計画しており、緊張感のある対面となりました。

コークに到着した「シリウス」は、乗客44名を乗せ、1838年4月4日にニューヨークを目指して出港しました。大西洋の荒波を越える困難な航海が始まりましたが、「シリウス」は驚異的な速さで航海を続けました。航海中、燃料となる石炭が不足するという深刻な事態に見舞われましたが、乗組員は船内の木製品などを燃やすことで航海を続行するという、困難を乗り越えるための決断を下しました。

そして1838年4月23日、「シリウス」はニューヨーク港に無事に入港しました。航海時間は18日14時間22分でした。これは、ライバルの「グレート・ウェスタン」よりも数時間早い到着であり、「シリウス」は蒸気船として初めて大西洋を横断した船、そしてこの新たな航路を一番乗りで開拓した船として、歴史にその名を刻んだのです。

ニューヨークでの滞在の後、「シリウス」はイギリスへ帰還し、その後再度ニューヨークとの往復航海を行いました。7月にチャーター期間を終えると、本船は再びセント・ジョージ蒸気郵船会社のもとに戻り、元のロンドン・コーク間の航路での運用に復帰しました。

船の設計

「シリウス」は、総トン数703トン、全長54.3メートル、幅7.8メートルという規模でした。機関にはサイドレバー・エンジンを採用しており、その出力は320馬力でした。計画上の最高速力は9ノットとされていました。当時の最新技術であった表面復水器も採用されており、これは機関効率の向上に貢献しました。

最期

歴史的な航海から約9年後の1847年1月15日、「シリウス」はダブリンからコークへ向かう途中、アイルランド沿岸部で事故に見舞われました。コーク近海で濃い霧に包まれた「シリウス」は、暗礁に乗り上げて船体に大きな損傷を受けました。後退して暗礁から離れることには成功したものの、浸水が激しく、船長は最寄りの岸を目指して航行を試みました。しかし、アイルランドのバリコットン西方およそ1.5海里の地点で座礁し、航行不能となりました。

この事故により、乗員乗客90名のうち71名が救助されました。しかし、救命艇の一つが定員を大幅に超過した20名もの人々を乗せたために沈没するなど、混乱の中で犠牲者が出ました。救助されなかったのは19名であり、歴史に名を残した「シリウス」は、大西洋の記録達成からわずか数年後、アイルランド沿岸の海底へとその姿を消したのでした。

「シリウス」は、蒸気船時代の黎明期において、大西洋横断という大きな壁を初めて乗り越えた船として、海運史における重要な存在であり続けています。

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