ジェイド暗号

ジェイド暗号（Jade）は、第二次世界大戦中の太平洋戦域において、日本海軍の艦艇で運用された機械式暗号機の一群を指します。日本側での正式名称は「九七式印字機一型」および「九七式印字機二型」であり、「ジェイド」という名称はこれら日本軍の暗号機に対してアメリカ側が付与したコードネームにあたります。

概要と型式

この暗号機には、用途や搭載場所に応じて二種類の型式が存在しました。

一型（九七式印字機一型）: 主に艦隊司令部や通信隊などのより上位の部隊で使用されました。比較的サイズが大きく、入力用と出力用の両方のタイプライター機能を備えていました。開戦時の連合艦隊旗艦であった戦艦「長門」にも本型が搭載されていたと記録されています。
二型（九七式印字機二型）: 戦隊司令部や通信隊向けに開発された型式です。一型に比べて小型化されており、出力用のタイプライターのみを備えていました。

技術的特徴

ジェイド暗号機は、その頑丈な構造から約120kgという重量がありました。確認されている製造台数は少なくとも400台以上にのぼります。

暗号化の核心となる換字（文字の置き換え）プロセスは、5段のロータリーラインスイッチを用いて実行されました。これにより、入力された文字は合計で5回の換字を経て暗号化されます。このスイッチの切り替え機構には、3段分が通信文の入力に応じて自動的に順次変更される部分と、残りの2段分をオペレーターが手動で操作して設定する部分がありました。

他の主要な日本の機械式暗号機、例えばパープル暗号やコーラル暗号が主にアルファベット26字を対象としていたのに対し、ジェイド暗号機は日本語の特性に合わせて、仮名48文字に記号2文字を加えた合計50文字の暗号化に対応していました。キーボードの印字機能も特徴的で、使用頻度の高い仮名24字と記号「ﾟ」は赤インクリボンで印字され、シフトキー操作によって使用頻度の低い仮名24字と記号「ー」に切り替えた場合は青インクリボンで印字される仕組みでした。

運用方法と課題

日本海軍では、敵に暗号機本体を奪われた場合の通信秘密漏洩リスクや、複雑な機械ゆえに故障が多く整備に時間と手間がかかるという運用上の課題を認識していました。これらのリスクを回避するため、ジェイド暗号機は単独で平文を暗号化する用途にはあまり用いられませんでした。代わりに、海軍が主要な通信暗号として使用していた「海軍暗号書 甲」という仮名4文字を単位とするコードブック（換字表や略語表の集合体）で作成された暗号文を、さらにこのジェイド暗号機で二次的に暗号化するという複雑な運用方法が採られました。

これにより、日本海軍の通信暗号は実質的にコードブックに大きく依存することとなりましたが、例外として海外駐在武官向けの通信には、アルファベットに対応した九七式印字機三型、通称「コーラル暗号」が使用されました。

捕獲と解読

第二次世界大戦中、サイパンにおいて日本海軍から捕獲されたジェイド暗号機の一型が現存しており、現在はアメリカの国立暗号博物館に収蔵・展示されています。この暗号機によって生成された通信文は、アメリカ海軍の情報機関であるOP-20-Gに所属していたフランシス・A・レイヴン（Francis A. Raven）らのチームによって解読されました。アメリカ側では、ジェイド暗号機の模造機を「Viper」（クサリ蛇）、暗号解読のための鍵探索装置を「Rattler」（ガラガラ蛇）というコードネームで呼んでいました。

ジェイド暗号機は、日本語特有の文字体系に対応するために開発された、日本海軍の機械式暗号技術における重要な事例の一つです。

関連項目

日本の機械式暗号
レッド暗号
オレンジ暗号
グリーン暗号
パープル暗号
コーラル暗号
九七式印字機
機械式暗号
暗号史
暗号

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