ジグミ・シンゲ・ワンチュク

ジグミ・シンゲ・ワンチュク（1955年11月11日 - ）は、ブータン王国の第4代国王であり、その治世はブータンの近代化と民主化において重要な転換点となりました。彼は、開明的な指導者として知られ、強大な国王の権限を徐々に縮小する民主化政策を推進しました。

生い立ちと即位

1955年、ティンプーのデチェンチョリン宮殿で誕生。幼少期をインドとイギリスでの留学生活で過ごし、その後、パロに設立されたウゲン・ワンチュク・アカデミーで教育を受けました。1971年には計画委員会議長に就任し、1972年には王太子（トンサ・ペンロプ）に任命されました。

1972年7月21日、父王の急逝に伴い、16歳という若さで第4代国王に即位。これは当時、世界最年少の国王として注目を集めました。1974年6月2日に戴冠式を迎えました。1988年には、名門出身の4姉妹を娶り、5男5女をもうけています。1999年には、戴冠25周年を迎えました。

統治と政策

ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王は、統治面で卓越した手腕を発揮し、第3代国王から引き継がれた国際社会への参画と国内政治改革を一層推進しました。特に内政においては、保守的な面と革新的な面を併せ持ち、国民総生産（GNP）に代わる「国民総幸福量」（GNH）という独自の概念を提唱したことで有名です。この概念は、経済的な発展だけでなく、国民の精神的な幸福や環境の保全を重視する、ブータン独自の開発哲学として世界的に注目されました。

革新的な政策としては、1998年以降の国王権限の縮小が挙げられます。国王は行政の実権を返上し、国家元首としての役割に専念しました。さらに、国民議会に国王不信任決議の権利を付与、国王定年制の提案、閣僚任命権の放棄、国会議員による無記名信任投票の導入、そして内閣の刷新など、民主化に向けた重要な措置を次々と打ち出しました。行政の実権を担う首相職を設立し、各閣僚が任期1年の輪番制で首相を担当するシステムも導入しました。また、急速な近代化がもたらす負の側面を憂慮し、「急ぎ過ぎない開発」を主眼とした自然環境の保護にも力を入れました。

国王の権限縮小は、実際には第3代国王の時代から徐々に進められていました。例えば、1968年には国民議会議決拒否権を放棄し、1969年には国民議会に国王不信任決議権を付与するなど、形式上は絶対君主国家から脱却しつつありました。

一方、保守的な側面としては、国家的アイデンティティの補強を重視しました。1985年の公民権法改正以降、西欧化が進む中で、1989年には「ブータン北部の伝統と文化に基づく国家統合政策」を施行しました。この政策では、チベット系の民族衣装着用、ゾンカ語の国語化、伝統的礼儀作法（ディクラム・ナムザ）の遵守などが義務付けられました。しかし、これに反発したネパール系住民が反王制運動や反政府運動を起こし、国外流出を招くこととなり、「南部問題」としてブータン政府を悩ませました。

2003年には、国内に潜伏していたアッサムゲリラの追放作戦を陣頭指揮しましたが、その際にも「仏教徒として、殺生が許されると思ってはならない」という訓示を行っています（オールクリア作戦）。

譲位とその後

2006年12月9日、ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王は王令を出し、14日に第一王男子であるジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクに譲位しました。退位後は、自由な時間を利用して国内を巡り、民衆の生活を自らの目で確かめています。

エピソード

1989年2月24日、昭和天皇の大喪の礼に参列するために来日した際、民族衣装「ゴ」の礼服姿で数人の供を連れて訪れました。他の国々が日本からの経済的支援や協力を期待する「弔問外交」を行う中、国王は弔意を示すためだけに参列し、すぐに帰国しました。不思議に思った記者が理由を尋ねると、「我々は天皇陛下に弔意を示すために来たのであり、お金の無心のために来たのではない」と答え、その後1ヶ月間も喪に服したという逸話が残っています。

ジグミ・シンゲ・ワンチュクは、ブータンの近代化と民主化を推し進めただけでなく、独自の価値観を世界に発信した偉大な指導者として、その功績は長く語り継がれるでしょう。

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