ジプシー男爵

『ジプシー男爵』：情熱と陰謀が織りなすオペレッタの傑作

ヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ『ジプシー男爵』は、『こうもり』と並び称される彼の代表作の一つです。1885年10月24日、シュトラウスの60歳の誕生日の前日にウィーンのアン・デア・[[ウィーン劇場]]で初演されました。ハンガリーの作家ヨーカイ・モールの短編小説『シャーッフィ』を基に、イグナーツ・シュニッツァーが台本を執筆し、ハンガリーの民族色が色濃く反映されています。わずか6週間で書き上げられた『こうもり』とは異なり、この作品には2年の歳月が費やされました。初演は大成功を収め、以降、ハンガリーを題材としたオペレッタが多数作曲されるきっかけとなりました。

このオペレッタからは、序曲、第3幕の凱旋行進曲、そしてワルツ『宝のワルツ』など、演奏会でも単独で演奏される有名な楽曲が生まれています。

物語のあらすじ

第一幕

物語の舞台はハンガリーの寒村、テメーゼ・バナード。過去にハンガリーを統治していたトルコの総督が、戦いに敗れて逃亡する際、莫大な軍用金をこの地に埋め、生まれたばかりの娘ザッフィをジプシーの占い師ツィプラに託しました。一方、亡命していた大地主バリンカイの息子シャンドールが、皇帝の特赦によって父の遺産を相続するために帰郷します。土地を我が物にしようとする豚使いジュパンは、娘のアルゼナとシャンドールを結婚させようと画策しますが、アルゼナは男爵の位を持つ者としか結婚しないと宣言します。そんな中、シャンドールはジプシーの娘ザッフィの歌声に惹かれます。ツィプラはジプシーたちにシャンドールを新たな領主として紹介し、彼は自身を「ジプシー男爵」と名乗り、ザッフィを花嫁だと告げます。

第二幕

舞台はバリンカイの屋敷近くのジプシーの集落に移ります。ツィプラは、夢でバリンカイの父親が財宝の隠し場所を教えてくれたと語り、実際に財宝が発見されます。シャンドールとザッフィは愛を確かめ合いますが、ザッフィの出自を巡り問題が起こります。ツィプラはザッフィがオーストリア皇帝の血を引いていることを明かし、身分の違いからシャンドールはザッフィとの結婚を諦め、父の遺産を国に寄付して従軍することを決意します。また、この場面では、ホモナイ伯爵が登場し、兵士を募集するアリア≪徴兵の歌≫が歌われ、陽気な合唱が繰り広げられます。

第三幕

舞台はウィーンのケルントナートール劇場前の広場へ。スペイン遠征から帰還したオーストリア軍の凱旋が描かれます。ジュパンは自らの活躍を誇張し、滑稽なアリアを歌います。ホモナイ伯爵は、シャンドールの功績を称え、彼に寄付した財産を返却し、貴族の地位を与えます。そして、ザッフィとの結婚も許され、二人は再び結ばれます。最終的に、シャンドールは「男が一度決意したら、不可能なことはない」と歌い、群衆の歓喜の大合唱で幕を閉じます。

逸話と背景

当時のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は、このオペレッタを非常に気に入り、シュトラウスを皇帝席に呼び寄せたというエピソードが残されています。シュトラウス自身は当初、この作品をオペレッタではなく「喜劇的オペラ」と称することを考えていました。これは、シュトラウスがオペラ分野への進出を望んでいたことの表れでもあります。当時、ウィーン国立歌劇場はオペレッタを上演しないという慣習があり、オペラとオペレッタの間には厳格な区別がありました。しかし、現在では劇場、歌手、指揮者を含めてその垣根はほとんどなくなっています。

関連情報

宝塚歌劇団月組によって、2010年9月に現代版ミュージカルとしてリメイクされ、上演されました。

外部リンクとして、国際楽譜ライブラリープロジェクトで『ジプシー男爵』の楽譜が公開されています。

参考資料

渡辺護『ハプスブルク家と音楽：王宮に響く楽の音』音楽之友社、1997年
増田芳雄「ウイーンのオペレッタ 2 ヨハン・シュトラウスのオペレッタ:「ヴェネチアの一夜」,「ジプシー男爵」,および「ウイーン気質」について」『人間環境科学』第8巻、帝塚山大学、1999年
* 小宮正安『ヨハン・シュトラウス：ワルツ王と落日のウィーン』中央公論新社〈中公新書〉、2000年


この作品は、恋と冒険、そして社会的な身分差を乗り越える物語として、今もなお世界中の観客を魅了し続けています。

もう一度検索