ジャック・トラミエル

ジャック・トラミエル（Jack Tramiel, 1928年 12月13日 - 2012年 4月8日）は、パーソナルコンピュータ産業の黎明期において重要な役割を果たしたアメリカ合衆国の企業家です。ポーランド出身で、ホロコーストの過酷な体験を乗り越え、米国で成功を収めました。彼は特に、コモドール・ビジネス・マシーンズ（Commodore Business Machines）とアタリ（Atari）という二つの著名なコンピューター関連企業を率いたことで知られています。

彼の生涯は、第二次世界大戦中の悲劇から始まりました。ポーランドのウッチで生まれた幼少期に、ナチス・ドイツによる占領下でウッチ・ゲットーに収容され、その後アウシュヴィッツ強制収容所へ送られました。収容所ではヨーゼフ・メンゲレ医師の診察を受けたとされています。父は別の強制収容所へ移送され、チフスで命を落としたと伝えられています。終戦後、トラミエルは生き延び、1947年にアメリカ合衆国へと移住しました。渡米後、彼は米軍兵、タクシー運転手、タイプライター修理工など様々な職業を経験し、新たな人生を切り開きました。

1958年、カナダのトロントにおいて、タイプライター製造会社であるコモドールを設立しました。当初は機械式のタイプライターを手がけていましたが、技術の進化に対応するため事業転換を図ります。1966年にカナダの投資家アービン・グッドからの資金援助を得て、コモドールは電卓部品メーカーへと舵を切りました。さらに1970年代後半には、パーソナルコンピュータ市場の拡大を見越し、同社をPCメーカーとして急成長させます。この時期、コモドールは技術導入において大胆な決断を下しました。例えば、1976年には、ライセンス契約に慎重だった若き日のビル・ゲイツとの交渉を経て、わずか1万ドルでMicrosoft BASICの使用権を獲得することに成功しています。また、同じ年には、スティーブ・ジョブズ率いるアップルからの会社売却提案を受けましたが、トラミエルが提示額（伝えられるところでは10万ドル）をさらに値切ろうとしたため、交渉は決裂したと言われています。

トラミエルの経営スタイルは、非常に攻撃的で競争を重視するものでした。特に「破壊的な低価格」で製品を市場に投入し、競合他社を淘汰することに注力したと、コモドール時代の部下であったチャック・ペドルは証言しています。この戦略の背景には、コモドールがまだ電卓部品メーカーだった頃に日本の大手メーカーによるダンピング攻勢で窮地に追い込まれた経験があったとされています。後のコモドールによる超低価格PC路線も、この時の経験が影響していると考えられています。

一方で、彼は日本人技術者の能力を高く評価していました。コモドール日本法人（コモドール・ジャパン株式会社）は、部材調達や研究開発の拠点として重要な役割を担いました。将来の事業承継者として期待していた息子サム・トラミエルを日本法人の社長として派遣したほか、日本人社員が中心となって企画したマックスマシーンやVIC-1001といった独自の製品開発・販売を許可するなど、日本との関係を重視していました。

1980年代前半には、コモドール64の記録的な大ヒットにより、コモドールはPC市場で確固たる地位を築きました。ジャック・トラミエル自身も、その冷徹で容赦ない経営手腕と成功から、アップルのスティーブ・ジョブズらと並び、パーソナルコンピュータ産業を代表する人物の一人として注目されるようになりました。しかし、順調に見えたコモドールでの歩みは突然の終わりを迎えます。1984年、長年のパートナーであったアービン・グッドとの経営方針を巡る対立が表面化し、彼はコモドールのトップの座を退きました。

コモドールを離れた直後、トラミエルはトラミエル・テクノロジー社を設立します。この新会社は、ゲーム市場の低迷（いわゆる「アタリショック」）により業績が悪化していたアタリから、家庭用ゲーム機部門などを切り離す形で譲り受けました。これにより、トラミエル・テクノロジー社はアタリコープと改称され、ジャック・トラミエルがその社長に就任します。彼はアタリを再建すべく、Atari STシリーズのような新しい競合製品を次々と発表し、再び業界で大きな話題を呼びました。

第一線から退いた後も、コンピューター業界への関心を持ち続けました。2007年には、コモドール64の発売25周年を記念するイベント会場で、アップル共同創業者のスティーブ・ウォズニアックと初めて対面を果たしたことが伝えられています。

ジャック・トラミエルは2012年 4月8日に83歳で死去しました。ホロコーストという人類史上最悪の悲劇を生き延び、アメリカンドリームを体現するかのようにビジネスの世界で成功を収め、パーソナルコンピュータ産業の形成期において忘れがたい足跡を残した人物として記憶されています。

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