ジュリアス・カッチェン

ユリウス・カッチェン

ユリウス・カッチェン（Julius Katchen, 1926年8月15日 - 1969年4月29日）は、アメリカ合衆国出身の卓越したピアニストです。ニュージャージー州ロング・ブランチに生まれた彼は、わずか42歳で肺癌により急逝するまで、その短い生涯を国際的な演奏活動に捧げ、強烈な印象を残しました。

彼の音楽教育は、ユニークな家庭環境で始まりました。14歳になるまで、彼はモスクワ音楽院やワルシャワ音楽院で教えていたユダヤ系の祖父母から直接ピアノを学びました。この初期の集中的な指導が、彼の後のキャリアの基礎となりました。10歳でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番を演奏して公式デビュー。その才能は早くから認められ、指揮者ユージン・オーマンディに招かれてフィラデルフィア管弦楽団と共演する機会を得ました。

音楽活動と並行して、カッチェンは学問にも励みました。ハヴァーフォード・カレッジで哲学を専攻し、1946年には僅か3年で首席卒業という優秀な成績で学位を取得しました。卒業後、彼は活動の中心をヨーロッパに移すためパリへ渡りました。ユネスコ国際フェスティバルにアメリカ代表として参加し、フランス国立放送管弦楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番《皇帝》を共演。1947年春にはヨーロッパ各地で演奏旅行を行い、その後パリに永住することを決意します。この決断の背景には、彼が感じていたアメリカの音楽界に対する批判、具体的には「音楽学生同士のもたれ合いや馴れ合い」への嫌悪感があったと伝えられています。

カッチェンはコンサートピアニストとして世界各地で演奏する一方で、重要な録音遺産を残しました。特に、ヨハネス・ブラームスの全てのピアノ独奏曲とピアノ協奏曲を録音した業績は、今日でも彼の代名詞の一つとされています。このブラームス全集は、その解釈と演奏技術において高く評価されています。また、彼はモーツァルト、ラフマニノフ、シューベルトなどの幅広いレパートリーを持ち、ヴァイオリニストのヨゼフ・スークやチェリストのヤーノシュ・シュタルケルといった名手たちとの室内楽共演、特にブラームスのピアノ三重奏曲の録音でも知られています。

彼の公の場での最後の演奏は、1968年12月12日に行われたロンドン交響楽団とのラヴェルの《左手のための協奏曲》でした。この時期には、ロック界の大物ローリング・ストーンズが企画した「ロックンロール・サーカス」にも参加し、異分野交流を果たしましたが、その映像は後に公開されました。

肺癌を患っていたカッチェンは、1969年春、42歳という若さでこの世を去りました。その早すぎる死は、クラシック音楽界に大きな衝撃を与えました。

後進の指導にはほとんど興味を示さなかった彼ですが、晩年、唯一弟子として指導したのが、フランスを代表するピアニストとなるパスカル・ロジェでした。ユリウス・カッチェンの短いながらも輝かしいキャリアは、その卓越した才能と、ブラームス全集をはじめとする録音を通じて、今なお多くの音楽愛好家に記憶され、称賛されています。

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