ヤーノシュ・シュタルケル

ヤーノシュ・シュタルケル（János Starker）は、1924年7月5日にハンガリーのブダペストで生まれたチェリストであり、後年は優れた音楽教育者としても世界的に知られる存在となりました。彼は2013年4月28日、アメリカのインディアナ州にて88年の生涯を閉じています。

幼い頃からその類稀なる音楽的才能は明らかであり、わずか7歳という若さでブダペスト音楽院に入学を許可されました。音楽院では、チェロ教育の名手として知られるアドルフ・シッファーに師事し、基礎をしっかりと固めます。11歳で初めてソロ・デビューを果たし、翌年にはルーマニアのブカレストで演奏会を開き、国外への第一歩を踏み出しました。

1945年、シュタルケルはハンガリー国内で重要な地位を獲得します。ブダペスト国立歌劇場管弦楽団およびブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団の首席チェロ奏者に就任し、その卓越した技量を発揮しました。また、ピアニストのシェベーク・ジェルジ（ジョルジ・シェベック）らと共にピアノ・トリオを結成し、室内楽の分野でも活躍しました。

しかし、彼は翌1946年には祖国ハンガリーを離れることを決意し、ヨーロッパ各地を転々としながら演奏活動を展開しました。この放浪の中で、彼の名は国際的に広まっていきます。フランスに滞在していた時期には、約20枚のSPレコードを録音しました。中でも、コダーイの無伴奏チェロソナタを収めた1枚は特筆すべきで、1948年に権威あるディスク大賞 (Grand Prix du Disque) を受賞し、彼の評価を決定的なものとしました。

1948年、指揮者のアンタル・ドラティに招かれ、シュタルケルはアメリカへ渡り、ダラス交響楽団の首席チェリストに就任します。この時すでに、彼はアメリカへの本格的な移住を決意していたと言われています。さらに翌1949年には、フリッツ・ライナーの招きを受け、メトロポリタン歌劇場管弦楽団の首席チェリストへと移籍しました。そして、1953年にライナーがシカゴ交響楽団へ移ると、彼もまたシカゴへと拠点を移し、1958年まで同楽団の首席としてその手腕を振るいました。

アメリカ移住後まもなく、シュタルケルはオーナーがハンガリー人であった縁から、小規模なピリオドというレーベルと契約を結びました。そして1950年、このレーベルからリリースされたコダーイの無伴奏チェロソナタの録音が、音楽界に大きな衝撃を与えました。この録音により、彼の名は一躍世界中に轟くことになります。その演奏は、並外れたテクニックに裏打ちされた豊かな音楽性と、張り詰めた集中力、そして端正な表現力を兼ね備えていました。音楽批評家たちはこぞって彼をパブロ・カザルスの後継者と見なし、その才能に注目しました。当時、日本を代表するチェリストであった井上頼豊は、シュタルケルが初めて来日した1960年のプログラムに寄稿し、このコダーイの録音を聴いた際の衝撃を「チェロをヴァイオリンのように軽々と扱う」という言葉で表現しています。

独奏家としての地位を確立してからは、シュタルケルはEMIやフィリップスといった世界的な大手レーベルと契約し、数多くの協奏曲や室内楽作品の録音を残しました。特にコダーイやバルトークといった近現代作品、そしてJ.S.バッハの演奏では極めて高い評価を得ています。また、アンタル・ドラティ、ミクローシュ・ロージャ、サミュエル・バーバーなど、多くの著名な作曲家に対し、その作品に関して助言を与え、彼らから作品を献呈されるなど、作曲家との親密な交流もありました。

1958年にシカゴ交響楽団の首席チェリストの職を辞した後、シュタルケルは教育活動に重点を移します。インディアナ州ブルーミントンに居を構え、インディアナ大学の教授に就任しました。彼の指導の下からは、堤剛、菅野博文といった日本の著名なチェリストを含め、世界中から多くの優れたチェリストが育っています。彼はまた、演奏旅行の先々で公開レッスンやセミナー、レクチャーなどを積極的に行い、自身のチェロ奏法や音楽観を次世代に伝えました。特に、左手の独立性と強化の重要性を説いた彼の著書『チェロ・メソード』は、現在でも多くのチェロ奏者にとって不可欠なテキストの一つとされています。

ヤーノシュ・シュタルケルは、その生涯を通じて、チェロ演奏の芸術を高め、後進の育成に情熱を注ぎました。彼の遺した録音や教えは、今なお多くの音楽家に影響を与え続けています。

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