ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え

『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』

『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』（仏：l'Histoire de Juliette ou les Prospérités du vice）は、フランスの作家マルキ・ド・サドによって執筆され、1797年から1801年にかけて出版された長編小説です。同じくサドの代表作である『新ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』と対をなす作品として知られています。この作品が発表されたことが、サドが当時の第一執政官ナポレオン・ボナパルトの命令によって逮捕され、晩年の約13年間をシャロントン精神病院での監禁生活に費やし、そこで死去する直接的な要因となったとされています。作者自身の過酷な運命と深く結びついた作品として、サド文学の中でも極めて重要な位置を占めています。

あらすじと内容

物語の主人公は、ジュリエットという名の女性です。彼女は幼少期を修道院で過ごし、敬虔なキリスト教徒として育てられました。しかし、13歳の時に出会ったある女性に感化され、道徳や宗教といった既存の「善」の概念は無意味であるという思想を受け入れるようになります。この出会いを境に、ジュリエットは悪徳と繁栄に満ちた人生を歩み始めることになります。

作品の全編を通して描かれるのは、神の存在、社会的な道徳律、人間の良心、あるいは悔恨や愛といった従来の価値観に対する、極めて攻撃的かつ徹底的な批判と思索です。ジュリエットは自身の快楽と欲望を満たすことを最優先とし、そのためにはいかなる手段も正当化されます。彼女は、自身の幸福を追求するために、肉親や友人といった最も近しい人々さえも、様々な残酷な方法で殺害することを厭いません。個人の欲望の追求が、既存のあらゆる倫理や感情を凌駕していく様が克明に描かれています。

サド思想との関連

『ジュリエット物語』は、マルキ・ド・サドの哲学、特にその過激な側面を最も明確に示している作品の一つです。彼は自然界の法則のみを絶対とし、人間が作り出した社会的な規範や道徳律を否定することで、個人の究極的な自由と快楽の追求こそが真の生であると考えました。「悪徳の栄え」という副題が示す通り、従来の善悪の基準を転倒させ、社会的に否定される行為や思想こそが、個人に繁栄をもたらすという逆説的な主張が展開されます。これは、『新ジュスティーヌ』において美徳が不幸を招く様が描かれるのと対照的であり、サドの思想における両極端を代表する作品と言えます。人間の本性、社会の欺瞞、そして個人の自由意志と倫理の関係といったテーマを深く掘り下げた、思想的に挑戦的な作品です。

関連する出来事と作品

本作は、その衝撃的な内容から文学史において常に論争の的となってきました。小説の枠を超え、様々な形で後世に影響を与えています。

映像化された作品としては、以下のものが知られています。

『悪徳の栄え』（1963年）：フランスで製作された映画。ロジェ・ヴァディムが監督を務めました。
『悪徳の栄え』（1988年）：日本で製作された映画。実相寺昭雄が監督を務めました。

また、日本では作家であり翻訳家であった澁澤龍彦が本作の翻訳を手掛けました。その翻訳版が出版された際、内容がわいせつ文書にあたるとして裁判となり、「悪徳の栄え事件」として広く知られることになりました。この裁判は、文学作品における表現の自由を巡る重要な議論を巻き起こし、日本の現代史における表現規制の問題を考える上でも特筆される出来事です。

『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』は、その内容の過激さゆえに今日でも賛否が分かれる作品ですが、人間の暗部や社会規範への鋭い問いかけ、あるいは表現の可能性を探る上で、文学史において無視することのできない、問題提起に満ちた作品と言えるでしょう。

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