ジュール・ドラッシュ

ジュール・ジョゼフ・ドラッシュ

ジュール・ジョゼフ・ドラッシュ（Jules Joseph Drach）は、1871年3月13日に生まれ、1949年3月8日に世を去った、フランスを代表する数学者の一人です。彼の研究は、解析学、解析力学を中心としつつも、数論や微分幾何学など多岐にわたる分野に貢献しました。

若き日々から学問の道へ

ドラッシュの家族は、フランス東部のアルザス地方にルーツを持っていました。しかし、1870年に勃発した普仏戦争の影響で、彼の両親は故郷を離れ、ヴォージュ県のサン＝ディエへ避難することを余儀なくされます。ドラッシュ自身は、このサン＝ディエと、後に科学研究の中心地の一つとなるナンシーのリセ（高等学校）で学び、優秀な成績を収めました。その後、彼はフランスのエリート教育機関である高等師範学校（École Normale Supérieure, ENS）に進学し、数学の研究に深く傾倒していきます。

アカデミックなキャリアの初期には困難も経験しました。1892年には、高等師範学校卒業後の進路を左右する重要なアグレガシオン（教員資格試験）に一度は不合格となります。しかし、彼は諦めず研究を続け、数学者ポル・タンヌリーの支援を得ながら、1898年に博士号（PhD）を取得しました。彼の博士論文は、当時最先端の研究者であったエミール・ピカール、ソフス・リー、そしてエルネスト・ヴェシオらの業績に基づいたものであり、特に微分方程式の手法を用いてガロア理論を発展させるという革新的な内容を含んでいました。

研究者・教育者としての足跡

博士号取得後、ドラッシュはまずクレルモン＝フェランの科学学部で助教授（准教授）として教鞭を執り始めました。その後、彼はリール、ポワチエ、トゥールーズといったフランス各地の大学で教授職を歴任し、その学術的評価を着実に高めていきました。そして1913年、彼はフランスの学術の中心であるパリのソルボンヌ大学に迎えられ、解析力学および高等解析学の教授として、フランス数学界における重要な地位に就くことになります。

第一次世界大戦中には、彼の数学的才能は国家の要請に応える形で発揮されました。彼は弾道学、すなわち砲弾などの飛翔体の軌道を数学的に記述・計算する理論の研究に深く携わりました。この研究成果は、戦後の1920年頃に詳細な論文として発表され、応用数学の分野においても重要な貢献となりました。

ドラッシュの学術的な活動は国内にとどまらず、国際的にも活発でした。彼は国際数学者会議（International Congress of Mathematicians, ICM）において、生涯にわたり計7回もの講演を行っています。これは、彼の親友であり著名な確率論者でもあったエミール・ボレルと同数であり、当時のフランス数学界における彼の影響力の大きさを物語っています。

学術界への貢献と晩年

ドラッシュは、自身の研究だけでなく、フランス数学界全体の発展にも貢献しました。1920年には権威あるフランス数学会の会長を務め、学会活動を主導しました。さらに、1929年にはフランス学士院の科学アカデミー会員に選出され、終身の栄誉ある地位を得ました。

彼はまた、他の著名な数学者の業績を後世に伝える活動にも熱心でした。特に、親しい友人であったエミール・ボレルと共に、アンリ・ポアンカレが1892年に行った画期的な講義のノートや、師であるポル・タンヌリーが1895年に行った講義の記録を編集・出版しました。これらの出版物は、当時の最先端の数学を理解する上で貴重な資料となっています。さらに、彼はポアンカレの膨大な学術論文や著作をまとめた作品集を編纂する際にも、共同編集者の一人として重要な役割を果たしました。

私生活では、マティルデ・ギトンと結婚し、息子ピエール・ドラッシュをもうけました。ピエールは後に著名な生物学者として活躍しており、学術的な才能が受け継がれたことがわかります。

数学者としての長いキャリアを終え、引退した後も、ドラッシュは研究への情熱を失うことはありませんでした。彼はしばしば療養のために訪れていた南フランスの保養地カヴァレールに居を移し、そこで穏やかな晩年を送りながら、最期まで数学の研究を続けたとされています。

ジュール・ジョゼフ・ドラッシュは、微分方程式論や解析力学における深い洞察、そして学術界への多大な貢献を通じて、20世紀初頭のフランス数学を支えた偉大な存在と言えるでしょう。彼の残した業績は、今日においても多くの数学者によって研究されています。

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