ジョイス・スミス

ジョイス・スミス（旧姓Byatt）は、1937年10月6日に英国ロンドンで生まれた元陸上競技選手である。彼女の競技キャリアは、特に40歳を過ぎてからマラソンという新天地で国際的な成功を収めたことで知られ、年齢にとらわれない挑戦の象徴として、世界中のランナーにインスピレーションを与えた。

競技生活は1950年代に始まり、当時は主に中距離種目に取り組んだ。クロスカントリーでは才能を発揮し、1959年と1960年にはイギリス国内選手権で優勝を飾っている。一度は結婚と出産のため競技から離れた期間があったが、1960年代後半に陸上競技の世界へと復帰した。

復帰後、スミスは中長距離での実力を再び証明した。1971年には3000メートルで当時の世界記録を樹立する快挙を達成。クロスカントリーの世界選手権でも好成績を続け、1971年に3位、1972年には優勝、1973年も2位と、世界のトップレベルで安定した成績を残した。1972年のミュンヘンオリンピックには1500メートルで出場したが、準決勝敗退に終わった。1974年のローマで開催されたヨーロッパ陸上選手権では、3000メートルで銅メダルを獲得。同年にはクロスカントリーのイギリス選手権で通算3度目の優勝を果たした。スミスは年齢を重ねても記録への挑戦を続け、1978年に3000メートルでマークした9分11秒2というタイムは、40歳以上の記録として実に27年間も破られることのない偉大な記録となった。

同じ1978年、スミスはマラソンへの挑戦を開始した。初マラソンで2時間41分37秒を記録し、これは当時のイギリス記録に相当する好タイムだった。この成功を契機に、スミスはマラソン選手として本格的に活動の軸を移していく。1979年には、当時の女子マラソン界で最高峰と目されていたエイボン国際女子マラソンで優勝し、世界的なマラソンランナーとしての地位を確立した。そして、この年に始まった東京国際女子マラソンでは、第1回大会に続き翌1980年の大会も制覇し、日本の陸上ファンにも深く印象付けられた。特に、レース中に口に溜まった唾液を直接吐き捨てず、ハンカチで拭うというその上品な姿は、日本の観衆から大きな称賛を集めたエピソードとして知られる。1982年に第1回が開催された大阪女子マラソン（現在の大阪国際女子マラソン）にも出場している。マラソン以外のロードレースでも、1980年に25キロメートルで出した1時間28分18秒は、25年間にわたり40歳代の世界記録として保持された。

スミスのキャリアの頂点は、本拠地ロンドンでの達成によって飾られた。1981年の第1回ロンドンマラソンで、彼女は2時間29分57秒のタイムで優勝。これは、40歳代の女性ランナーとして初めて2時間30分の壁を破るという、マラソンの歴史に残る画期的な記録だった。翌1982年の大会でも2時間29分43秒とさらに記録を更新し、自身6度目のイギリス記録樹立と共にロンドンマラソンの連覇を果たした。これらの記録は、年齢による限界を感じていた多くの女性ランナーに、希望と可能性を示した。

マラソンが国際大会の正式種目となるにつれて、スミスも大舞台に登場した。1983年の第1回世界陸上選手権（ヘルシンキ）のマラソンでは9位。そして1984年、女子マラソンが初めて行われたロサンゼルスオリンピックでは、イギリス代表として出場し11位で完走した。この大会では、39歳で6位に入賞したプリシラ・ウェルチと共に、ベテランながらも優れたパフォーマンスを見せた。

1986年に現役を引退したが、その競技人生は引退後も輝きを放ち続けた。この年に記録した10マイルのタイム（55分33秒）は、2007年時点でも45歳以上の世界記録として健在である。長年の功績が認められ、1984年には大英帝国勲章MBEを授与された。引退後も陸上界への貢献を続けており、夫のブライアン氏と共にロンドンマラソンの運営委員会に所属し、世界中からの参加者との交流を支援している。夫のブライアン氏によるランニング指導書「ジョイス・スミスの女性のためのランニングブック」も刊行され、多くの女性ランナーの指針となっている。2008年11月16日に行われた最後の東京国際女子マラソンでは、過去の優勝者としてスターターの大役を務め、日本のファンに再びその姿を見せた。

ジョイス・スミスは、若い頃から成功を収めつつも、特に年齢を重ねてからマラソンで世界の頂点に立った稀有なアスリートである。彼女の記録と、年齢は挑戦の障害ではないことを証明した生き様は、今なお多くの人々に語り継がれている。

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