ジョセフ・キーナン
ジョセフ・ベリー・キーナン（Joseph Berry Keenan, 1888-1954）は、20世紀前半のアメリカ合衆国を代表する弁護士であり政治家です。ロードアイランド州ポータケットに生を受け、その生涯は多岐にわたる公職と法曹活動に捧げられました。
初期の経歴
キーナンは1910年にブラウン大学を卒業し、その後、ハーバード大学ロー・スクールで法学を修めました。卒業後はオハイオ州クリーブランドで弁護士として活動を開始します。第一次世界大戦中には、第137野戦砲兵隊の一員としてヨーロッパ戦線に従軍し、軍人としての経験も積みました。除隊後、オハイオ州の検事総長補佐として再び法曹界に戻ります。
連邦司法省での活動
彼のキャリアが大きく飛躍したのは、1932年の大統領選挙でフランクリン・ルーズベルトを支持したことによります。ルーズベルト政権の発足に伴い、連邦政府司法長官特別補佐官に任命され、ワシントンD.C.への進出を果たしました。この時期、キーナンは特に暴力犯罪の防止に注力し、当時の社会問題であったギャング組織の一掃に辣腕を振るいました。また、全国的な犯罪情勢調査を主導し、連邦捜査局（FBI）の組織拡大を含む必要な法整備に関する提言を議会に提出しました。後に、全米の検察業務を統括する司法省刑事部局長に就任し、ギャングや誘拐犯といった組織犯罪の取り締まりを指揮、司法長官補にまで昇進しました。彼はこの時期、予算均衡に関する優れた手腕でも知られていましたが、1939年に司法省を退職し、再びワシントンD.C.とクリーブランドで弁護士業を再開しました。
東京裁判首席検察官
第二次世界大戦終結後、これまでの功績が高く評価され、1945年11月29日、ハリー・S・トルーマン大統領によって、日本の戦争犯罪者を捜査する法律顧問団の団長に任命されました。同年12月6日に来日し、翌日には連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーと会談、戦争犯罪裁判の進め方について意見を交わしました。キーナンは、長年の司法省での経験、特に組織犯罪対策で培った視点から、満洲事変以降の日本の行動を「犯罪的軍閥」による侵略戦争推進と捉え、日本軍部に対しては「ギャング退治」に臨むかのような強い意気込みを持って裁判に臨みました。
主任検察官でありながら、被告人選定作業の遅れを招いたことで他の検察官から反発を受け、一部からは罷免要求が出されたともいわれます。しかし、法廷では精力的に活動し、裁判を主導する役割を果たしました。冒頭陳述では、日本の戦争行為を「文明に対する挑戦」と断じ、強い調子で責任を追及しました。
昭和天皇の免訴と東條証言工作
キーナンは、ダグラス・マッカーサーの強い意向を受け、昭和天皇を戦争責任から免責する立場を取りました。裁判の進行に伴い、天皇の不起訴に対する国内外からの疑問の声が高まると、キーナンは開廷中にもかかわらず一時帰国し、1946年6月18日にはワシントンD.C.で記者会見を開き、天皇を戦犯として訴追しない方針を公に表明しました。
1947年12月31日、弁護側の質問に対し、東條英機元首相が「日本国の臣民が陛下のご意思に反して行動することはあり得ない」と証言し、天皇の戦争責任に関わる可能性が浮上しました。これに対し、キーナンは早急な対応を迫られます。彼は田中隆吉元陸軍少将を通じて、松平康昌式部長官、さらに木戸幸一内大臣を経由し、最終的に東條本人に対し、先の証言を否定するよう極秘裏に説得工作を行いました。この工作は成功し、1948年1月6日の法廷で、キーナンが「戦争遂行は裕仁天皇の意思か？」と問うたのに対し、東條は太平洋戦争開戦の詔勅にある「豈朕カ志ナラムヤ」（誠にやむを得ざるものであり、私の意思ではない）という言葉を引用し、天皇は自身の進言に対し「しぶしぶ同意された」と証言を修正しました。これにより、法廷で天皇の戦争責任が再び問題視されることはなくなり、この論争は事実上終結しました。
判決への評価と人物像
東京裁判の判決に対して、キーナンは強い不満を表明しました。特に、重光葵が無罪とならなかったこと、松井石根や広田弘毅に死刑判決が下されたことに対し、「バカげた判決だ」「不当だ」と批判し、松井は部下の罪であり終身刑が妥当、広田も最高でも終身刑であるべきだと述べたと伝えられています。
生前のキーナンは、犯罪捜査で培われた経験からか、非常に高圧的な性格で「鬼検事」と評されることもありました。東京裁判においても、他の連合国側の検察官たちからはしばしば反感を買っていたといわれます。特にイギリス代表検察官アーサー・S・コミンズ・カーからは「大酒飲みで、白黒つけられない人物」と酷評されました。オランダ代表判事であったベルト・レーリンクも、後にキーナンを「能力は二流」「しばしば酔って法廷に現れたという噂があり、仕事に専念していなかった」と評し、裁判の主導権はアメリカ、特にキーナンが握っていたが、その指名は政治的なものであったと指摘しています。
裁判終了後、キーナンは帰国し、1949年には国連パレスチナ委員会のアメリカ代表を務めるなど、再び国際的な活動にも携わりました。1954年12月8日、ノースカロライナ州アシュボロにて66歳でその生涯を終えました。
初期の経歴
キーナンは1910年にブラウン大学を卒業し、その後、ハーバード大学ロー・スクールで法学を修めました。卒業後はオハイオ州クリーブランドで弁護士として活動を開始します。第一次世界大戦中には、第137野戦砲兵隊の一員としてヨーロッパ戦線に従軍し、軍人としての経験も積みました。除隊後、オハイオ州の検事総長補佐として再び法曹界に戻ります。
連邦司法省での活動
彼のキャリアが大きく飛躍したのは、1932年の大統領選挙でフランクリン・ルーズベルトを支持したことによります。ルーズベルト政権の発足に伴い、連邦政府司法長官特別補佐官に任命され、ワシントンD.C.への進出を果たしました。この時期、キーナンは特に暴力犯罪の防止に注力し、当時の社会問題であったギャング組織の一掃に辣腕を振るいました。また、全国的な犯罪情勢調査を主導し、連邦捜査局（FBI）の組織拡大を含む必要な法整備に関する提言を議会に提出しました。後に、全米の検察業務を統括する司法省刑事部局長に就任し、ギャングや誘拐犯といった組織犯罪の取り締まりを指揮、司法長官補にまで昇進しました。彼はこの時期、予算均衡に関する優れた手腕でも知られていましたが、1939年に司法省を退職し、再びワシントンD.C.とクリーブランドで弁護士業を再開しました。
東京裁判首席検察官
第二次世界大戦終結後、これまでの功績が高く評価され、1945年11月29日、ハリー・S・トルーマン大統領によって、日本の戦争犯罪者を捜査する法律顧問団の団長に任命されました。同年12月6日に来日し、翌日には連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーと会談、戦争犯罪裁判の進め方について意見を交わしました。キーナンは、長年の司法省での経験、特に組織犯罪対策で培った視点から、満洲事変以降の日本の行動を「犯罪的軍閥」による侵略戦争推進と捉え、日本軍部に対しては「ギャング退治」に臨むかのような強い意気込みを持って裁判に臨みました。
主任検察官でありながら、被告人選定作業の遅れを招いたことで他の検察官から反発を受け、一部からは罷免要求が出されたともいわれます。しかし、法廷では精力的に活動し、裁判を主導する役割を果たしました。冒頭陳述では、日本の戦争行為を「文明に対する挑戦」と断じ、強い調子で責任を追及しました。
昭和天皇の免訴と東條証言工作
キーナンは、ダグラス・マッカーサーの強い意向を受け、昭和天皇を戦争責任から免責する立場を取りました。裁判の進行に伴い、天皇の不起訴に対する国内外からの疑問の声が高まると、キーナンは開廷中にもかかわらず一時帰国し、1946年6月18日にはワシントンD.C.で記者会見を開き、天皇を戦犯として訴追しない方針を公に表明しました。
1947年12月31日、弁護側の質問に対し、東條英機元首相が「日本国の臣民が陛下のご意思に反して行動することはあり得ない」と証言し、天皇の戦争責任に関わる可能性が浮上しました。これに対し、キーナンは早急な対応を迫られます。彼は田中隆吉元陸軍少将を通じて、松平康昌式部長官、さらに木戸幸一内大臣を経由し、最終的に東條本人に対し、先の証言を否定するよう極秘裏に説得工作を行いました。この工作は成功し、1948年1月6日の法廷で、キーナンが「戦争遂行は裕仁天皇の意思か？」と問うたのに対し、東條は太平洋戦争開戦の詔勅にある「豈朕カ志ナラムヤ」（誠にやむを得ざるものであり、私の意思ではない）という言葉を引用し、天皇は自身の進言に対し「しぶしぶ同意された」と証言を修正しました。これにより、法廷で天皇の戦争責任が再び問題視されることはなくなり、この論争は事実上終結しました。
判決への評価と人物像
東京裁判の判決に対して、キーナンは強い不満を表明しました。特に、重光葵が無罪とならなかったこと、松井石根や広田弘毅に死刑判決が下されたことに対し、「バカげた判決だ」「不当だ」と批判し、松井は部下の罪であり終身刑が妥当、広田も最高でも終身刑であるべきだと述べたと伝えられています。
生前のキーナンは、犯罪捜査で培われた経験からか、非常に高圧的な性格で「鬼検事」と評されることもありました。東京裁判においても、他の連合国側の検察官たちからはしばしば反感を買っていたといわれます。特にイギリス代表検察官アーサー・S・コミンズ・カーからは「大酒飲みで、白黒つけられない人物」と酷評されました。オランダ代表判事であったベルト・レーリンクも、後にキーナンを「能力は二流」「しばしば酔って法廷に現れたという噂があり、仕事に専念していなかった」と評し、裁判の主導権はアメリカ、特にキーナンが握っていたが、その指名は政治的なものであったと指摘しています。
裁判終了後、キーナンは帰国し、1949年には国連パレスチナ委員会のアメリカ代表を務めるなど、再び国際的な活動にも携わりました。1954年12月8日、ノースカロライナ州アシュボロにて66歳でその生涯を終えました。
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