田中隆吉

田中隆吉（1893年 - 1972年）は、陸軍少将にまで昇進した日本の軍人です。現在の島根県に商家の子として生まれ、陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校を卒業後、砲兵将校としてのキャリアを歩み始めました。

彼は特に、中国大陸での活動を通じて日本の謀略工作に深く関与したことで知られています。上海や満州、内蒙古などに駐在し、1932年の第一次上海事変や1936年の綏遠事件では、主導的な役割を果たしたとされます。この時期、後の「男装の麗人」川島芳子と出会い、彼女を日本の諜報活動に引き込んだとされており、第一次上海事変の端緒となった事件への川島芳子の関与を田中自身が証言するなど、二人の関係や活動については多くの説が語られています。

太平洋戦争が始まった頃、田中隆吉は陸軍省の兵務局長を務めていましたが、対米作戦への直接的な関与はなく、後に予備役に編入されました。終戦後、彼は『敗因を衝く』などの手記や著作を発表し、陸軍内部の真相を明らかにしようと試みました。これらの著作が連合国軍総司令部（GHQ）の注目を集め、彼は極東国際軍事裁判（東京裁判）に検事側の証人として召喚されることになります。

東京裁判での田中隆吉の証言は、大きな波紋を呼びました。彼は驚異的な記憶力を駆使し、多くの被告、特に旧知の間柄であった東條英機などにかかわる陸軍内部の事情や、自身が関与した謀略の真相について詳細な証言を行いました。これにより、張作霖爆殺事件や盧溝橋事件といった戦前の重要事件の裏側など、当時まだ広く知られていなかった事実が明らかになった部分もあります。

田中の証言は、その動機や影響について様々な議論を呼んでいます。一説には、昭和天皇の戦争責任を回避するため、責任を特定の人物に集中させる目的で証言したとされます。また、陸軍の「膿を出し切る」という自身の信念に基づいた行動だという見方や、かつての上司や同僚に対する個人的な不満が背景にあったという指摘もあります。特に、自分と競争関係にあったとされる武藤章に対しては、対米開戦の責任について徹底して不利な証言を行ったと記録されています。

その一方で、田中隆吉の証言は被告側や弁護人から激しい批判にさらされました。「裏切り者」「日本のユダ」といった罵声を浴びせられ、インド代表のパール判事からは検事側が証拠の補強に利用した「証人業」だと厳しく批評されました。彼の証言がA級戦犯の判決、特に武藤章の死刑判決に決定的な影響を与えたという主張も見られますが、武藤章はフィリピン等での虐殺や捕虜虐待の責任者としても有罪とされており、田中の証言のみで刑が確定したわけではないという指摘もあります。

また、田中隆吉の証言行動には、精神的な状態が影響していた可能性も指摘されています。彼は晩年に双極性障害の傾向を示し、入退院や自殺未遂を繰り返しています。驚異的な記憶力は、この症状の躁状態で見られることがあるとも言われています。しかし、検事団への出頭を自ら選ぶなど、そこには彼自身の主体的な意思や計算も見受けられるという評価もあります。

東京裁判終結後、田中隆吉は山中湖畔で隠棲生活を送りましたが、1949年には短刀による自殺未遂を起こしています。この時の遺書には、「我も亦確かに有力なる戦犯の一人なり」と記されており、自身も戦争責任の一端を感じていたことがうかがえます。彼はその後も精神的な不調に悩まされ、晩年には武藤章の亡霊に悩まされていると語ったとも伝えられています。

田中隆吉は、軍人としての功績以上に、その複雑な人間性、謀略への関与、そして東京裁判における異例の証言者としての振る舞いによって、歴史に名を残しています。彼の行動が、天皇擁護のためであったのか、陸軍の腐敗を暴くためであったのか、あるいは個人的な動機や精神的な状態に起因するものだったのか、その評価は今なお定まっていません。

主な著作

『敗因を衝く ―軍閥専横の実相―』
『日本軍閥暗闘史』
『裁かれる歴史 ―敗戦秘話―』

演じた人物

佐藤慶
島木譲二
吹越満
* 武田光太郎

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