ジョン・ディー

ジョン・ディー（1527年 - 1608年または1609年）は、ルネサンス期イングランドに生きた希代の知識人です。彼は数学者、占星術師、錬金術師といった多岐にわたる肩書を持ち、科学、オカルト、政治顧問など、当時の社会において中心的な役割を果たしました。特にエリザベス1世の重要な助言者としても知られ、その生涯は学術的な探求と神秘主義的な実践が入り混じる、複雑で魅力的なものです。

生涯の歩み

イングランド王室に仕える下級官僚を父として、1527年にロンドンで誕生しました。幼少期から並外れた才能を発揮し、1542年にはケンブリッジ大学に入学。優秀な成績で学び、1548年に修士号を取得しました。その後、大陸ヨーロッパに渡り、ルーヴァン大学やパリ大学でさらに学識を深めます。この留学期間中に、地図製作者のゲラルドゥス・メルカトルなど、当時の著名な学者たちとの交流を深め、国際的な学術ネットワークの一員となりました。

1551年にイングランドへ帰国すると、若きエドワード6世の宮廷に招かれ、学者および占星術師として仕えるようになります。しかし、メアリ1世が即位すると状況は一変。ディーは魔術師であるとの嫌疑をかけられ、投獄される憂き目に遭いますが、幸いにもその年のうちに釈放されました。

1558年にエリザベス1世が即位すると、ディーは再び宮廷に重用されるようになります。彼は女王からの厚い信頼を得て、国家の重要な判断において助言を行う立場を確立しました。私生活では二度結婚し、1570年頃からはロンドンのモートレイクに居を構え、当時ヨーロッパでも屈指の規模を誇った自身の図書館を築き上げました。

学術と神秘主義の探求

ディーは数学者としても優れており、特に航海術や地理学への数学の応用に関心を持っていました。彼の著作『象形文字の単子』（Monas Hieroglyphica、1564年出版）は、数学、カバラ、錬金術などを融合させた難解な著作として知られています。

しかし、彼の名はむしろ、晩年に向かうにつれて深まった神秘主義的な探求と結びついて記憶されています。1580年頃からは、霊媒能力を持つとされるエドワード・ケリーと共に、水晶玉を通じた交霊実験に没頭するようになります。ディーは、水晶の中に現れる存在を天使であると信じ、彼らから授けられる知識や奇妙な言語を熱心に記録しました。この天使たちが使用したとされる言語は、後に「エノク語」（Enochian Language）と名付けられ、その構造は後世の研究によって単なる無意味な羅列ではないことが示唆されています。

1583年から1589年にかけて、ディーとケリーはヨーロッパ大陸を遍歴しました。特にポーランドやボヘミア（現在のチェコ）を訪れ、各地の王侯貴族の前で交霊実験や魔術的なデモンストレーションを行い、大きな評判を呼びました。しかし、ケリーはボヘミアの皇帝ルドルフ2世から魔術師として疑われ、投獄されます。脱獄に失敗し、1595年頃に獄中で死去したとされています。

晩年と後世への影響

ケリーの死後、ディーはイングランドへ帰国しました。エリザベス1世は彼を手厚く迎え、マンチェスターにあるキリスト教大学の校長に任命しました。しかし、1603年にエリザベス1世が崩御し、魔術に強い嫌悪感を抱いていたジェームズ1世が即位すると、ディーはその庇護を失います。晩年は経済的に困窮し、1608年または1609年にモートレイクの自宅でひっそりと息を引き取ったと言われています。

ディーの死後、彼のエノク語に関する記録は忘れ去られていましたが、19世紀末に再発見され、20世紀以降の西洋オカルティズムに多大な影響を与えました。特に、魔術結社「黄金の夜明け団」やアレイスター・クロウリーといった神秘主義者たちによって研究され、「エノクの魔術」として現代までその系譜が受け継がれています。

また、ジョン・ディーは科学と魔術の間を揺れ動いたその特異な生涯から、多くのフィクション作品の題材ともなっています。最も有名な例の一つは、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが創造したクトゥルフ神話において、禁断の書とされる『ネクロノミコン』の英訳者とされた設定です。この他にも、映画や小説、ゲームなど、様々なメディアで神秘的な賢者や魔術師として描かれています。

ジョン・ディーは、ルネサンス期の知の最前線に立ちながら、同時に深遠な神秘世界を探求した、時代を象徴する人物です。彼の残した記録や思想は、現代においても多くの研究者や神秘主義者を魅了し続けています。

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