ゲラルドゥス・メルカトル

ゲラルドゥス・メルカトル：地図製作の革新者

ゲラルドゥス・メルカトル（Gerardus Mercator, 1512年3月5日 - 1594年12月2日）は、16世紀のネーデルラント（現在のベルギー）出身の地理学者であり、地図製作者です。本名はゲラルト・デ・クレーマー（Gerard De Kremer）といい、メルカトルはラテン語名で「商人」を意味します。彼は、航海に不可欠なメルカトル図法を考案したことで、地図製作の歴史に名を残しました。かつてはベルギーの1000フラン紙幣に肖像が描かれていたことからも、その功績の大きさが伺えます。

生涯

メルカトルは1512年、フランドル地方（現ベルギー）のルペルモンデで、ドイツ人の両親の6番目の子供として生まれました。1526年に父親を亡くした後、スヘルトーヘンボスに移り、教会の庇護のもとで勉学に励みました。1530年にはルーヴェン大学（現ルーヴェン・カトリック大学）に入学し、幾何学、天文学、地理学を修めました。1534年からは、著名な数学者ゲンマ・フリシウスと共に、地球儀、日時計、アストロラーベなどの科学機器製作に携わり、その技術を磨きました。1537年まで続いたこの仕事で成功を収めるとともに、地図や海図の彫版にも手を染めました。1536年には結婚し、6人の子供を授かりました。

1538年に出版されたメルカトルの最初の世界地図は、北アメリカと南アメリカという地名を初めて記載した地図の一つとして知られています。また、この地図では、アジアとアメリカが別の大陸として描かれており、地図製作者の間で有力になりつつあった大陸分離の考えを反映していました。ただし、ベーリング海峡が発見され、そのことが証明されたのはずっと後のことでした。

当時のヨーロッパでは、学問が宗教と対立することも珍しくなく、地図製作者は時に疑いの目で見られる存在でした。メルカトル自身も1544年に異端の疑いで逮捕され、7ヶ月間投獄されるという経験をしています。釈放されたのは、大学の働きかけがあったためと言われています。1551年には、大学設立を考えていたユーリヒ＝クレーフェ＝ベルク公ヴィルヘルム5世によってデュースブルクに招かれ、1552年に家族と共に移住しました。その後はベルク公ヴィルヘルム5世の庇護を受け、デュースブルクで残りの生涯を送りました。

業績：メルカトル図法の発明と地図製作への貢献

メルカトルの最大の功績は、何と言ってもメルカトル図法の考案です。フランドル地方は当時、商業の中心地として栄え、大航海時代を迎えつつあったヨーロッパにおいて、貿易の中継地として発展していました。そのため、正確な航海用地図の需要が高まっており、メルカトル図法は、まさに時代が求めていた発明でした。この図法は、地球上の角度を正確に表現できるため、航海士が一定の角度で進むコース（等角航路）を直線で描くことができるという利点があります。ただし、面積は高緯度になるほど拡大されてしまうため、地理的な比較には注意が必要です。

1554年に出版されたヨーロッパ地図では、従来の地図が大きく訂正されました。特に、地中海の東西の距離は、それまでプトレマイオスの説に従って経度で62度にわたるとされていましたが、メルカトル図では53度（それでもまだ10度ほど過大でしたが）にまで縮小され、陸地の輪郭や内陸部の状態も大幅に修正されました。

1569年には、メルカトルの名を不朽のものとした世界地図が完成しました。1.32×1.98メートルという大型の地図には、豊富な地名と詳細な注記が記されていました。この世界地図では、ヨーロッパやアフリカの形状はプトレマイオスの影響から脱していましたが、東アジアやアジア・アフリカの内陸部では、まだプトレマイオスやマルコ・ポーロの記述に依拠している部分が多く見られました。

メルカトルは早くから、世界各地の地図を総合した世界地図帖を編纂する計画を持っていましたが、原図となる各国の地図を入手することが困難であったことや、地図の銅版彫刻に多大な時間を要したために、計画の実現は容易ではありませんでした。1585年にフランス・ネーデルラント・ドイツの51図が、1589年にはイタリア・スラヴォニア・ギリシャの23図が出版されましたが、1594年にメルカトルが亡くなったため、翌1595年に息子のルモルドによって、イギリスその他のヨーロッパ諸国とアジア・アフリカ・アメリカの諸図を加えた107図による地図帖が完成しました。表題はメルカトルの遺志によって、ギリシャ神話に登場する天空を支える巨人の名にちなんで「アトラス」と名付けられました。この地図帖の成功以降、地図帖は一般的に「アトラス」と呼ばれるようになりました。

メルカトル図法の数学的背景

メルカトルの時代には、まだ積分法が確立されていなかったため、赤道からの緯線距離の算出を級数の和として近似的に計算するにとどまり、作図に必要な数学的根拠を明確にすることができませんでした。そのため、メルカトル図法は当初、広く普及するには至りませんでした。しかし、1599年にイギリス人のエドワード・ライトが数値計算法を用いて緯線距離を導き出し、作図に必要な数表を作成したことで、メルカトル図法は海図をはじめとする様々な地図に用いられるようになりました。今日では、この緯線距離式はグーデルマン関数の逆関数に相当すると解釈されています。

地図作成の略年

1538年 - 初めて世界全図を作成
1541年 - 地球儀を作成
1551年 - 天球儀を作成
1552年 - ドイツのデュースブルクに研究所を設立
1554年 - 15枚の大ヨーロッパ地図を作成
1564年 - 8枚組のグレートブリテン島の大地図を作成
* 1569年 - メルカトル世界図を完成

メルカトルの生涯は、地図製作に対する情熱と、時代の制約の中で革新的な地図を作り上げようとする強い意志に満ちていました。彼の功績は、現代の地図製作にも大きな影響を与え続けています。

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