ジョン・ニーダム

ジョン・ターバーヴィル・ニーダム（John Turberville Needham、1713年 9月10日 - 1781年 12月30日）は、18世紀イギリスの顕著な人物であり、生物学者であると同時にカトリックの司祭でした。彼の生涯は、当時の科学と宗教が交錯する興味深い時代背景の中で展開されました。

聖職者としての道を歩む中で、ニーダムは自然科学に対する深い関心と探求心を抱きました。神学校での学びに加え、彼は独自の研究を進め、初期には地質学に関する論文を発表するなど、様々な分野に足跡を残しています。特に、植物の花粉の仕組みに関する考察は植物学者としての評価を高める一助となりました。

ニーダムの科学史における最も有名な業績、あるいは論争の的となったのは、微生物の自然発生説に関する彼の主張です。当時の科学界では、生命の起源、特に微小な生物がどのように生まれるのかについて様々な議論がなされていました。ニーダムはこの問題に対し、一連の実験を通じてアプローチしました。彼は、羊肉（マトン）のスープをガラス瓶に入れ、これを加熱した後、コルクで栓をしました。数日後にこのスープを観察すると、多くの微生物が出現していることを確認しました。この結果に基づき、ニーダムは微生物が非生物的な物質から自然に発生するという説を強く提唱しました。

しかし、ニーダムの主張はすぐに異論を唱えられます。イタリアの科学者であるラザロ・スパランツァーニは、ニーダムの実験に疑問を抱き、より厳密な条件での追試を行いました。スパランツァーニは、同じくスープを用いた実験で、加熱時間をより長くし、さらにコルク栓ではなくガラスの口を溶かして完全に密閉した容器を用いた場合、微生物の発生が見られないことを示しました。このスパランツァーニによる反証実験は、微生物の発生には外部からの微生物の侵入が不可欠であることを示唆するものであり、ニーダムの自然発生説に対する強力な反論となりました。

ニーダムとスパランツァーニの間で繰り広げられたこの論争は、微生物学の黎明期における重要な一章を飾ります。実験条件、特に滅菌と密閉の重要性を浮き彫りにし、その後の微生物研究の方法論に大きな影響を与えました。ニーダムの実験手法には不備があったとされていますが、彼の研究は、当時の科学者がいかにして生命の謎に迫ろうとしていたかを示す貴重な事例と言えます。

ニーダムの研究は、科学界だけでなく哲学界にも影響を与えました。フランスの啓蒙思想家であるドルバック男爵は、自身の主著『自然の体系』の中でニーダムの自然発生説の実験結果を引用し、自らの唯物論的な自然観を支持する論拠の一つとしました。このように、ニーダムの活動は当時の思想界にも波及しました。

また、ニーダムについては、アイルランドのイエズス会士であったという記述を見かけることがありますが、これは事実とは異なるとされています。この誤解は、ニーダムの自然発生説に反対する立場をとっていたヴォルテールが、彼を中傷するために意図的に広めた伝説であると考えられています。

科学界でのニーダムの評価を示す出来事として、1747年にカトリック司祭として初めて王立協会（Royal Society）の会員に選出されたことが挙げられます。これは、当時のイギリスにおいて、司祭でありながら科学分野で認められることがいかに例外的であったかを示しており、ニーダムの学術的貢献が一定の評価を得ていたことを物語っています。

ジョン・ニーダムは、自然発生説を巡る論争の主役として科学史に名を刻んでいます。彼の主張は最終的に否定されましたが、スパランツァーニとの論争を通じて、微生物研究の実験手法の厳密性を問い直し、その後のパスツールによる自然発生説の否定へと繋がる重要な道を切り開いた人物と言えるでしょう。彼の多岐にわたる学術的関心と探求心は、18世紀の知的探求の精神を体現していました。

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