ジョン・ハーサニ

ジョン・チャールズ・ハーサニ（John Charles Harsanyi、ハンガリー名：ハルシャーニ・ヤーノシュ・カーロイ）は、1920年5月29日にハンガリーのブダペストに生を受けた、20世紀を代表するゲーム理論研究者の一人です。薬局を経営する父のもとで育ち、地元のLutheran Gymnasiumで学びました。

彼の学問への道は、激動の時代の影響を強く受けています。当初、フランスのリヨン大学で化学工学を志しますが、第二次世界大戦勃発に伴いハンガリーへの帰国を余儀なくされます。ブダペスト大学では薬理学の学位を取得し、一旦はこの分野でキャリアを積むかに見えました。しかし、1944年のナチス・ドイツによるハンガリー占領下で、ユダヤ系であった彼は迫害の対象となり、収容所送りの危機に瀕します。幸運にも、ブダペスト市内のイエズス会修道院に匿われることで難を逃れました。

戦後、再びブダペスト大学に戻り、哲学を専攻し、社会学を副専攻として博士号を取得しました。その後、同大学で社会学の助教授を務めますが、共産主義政権下の抑圧的な状況に直面し、1950年末にオーストラリアへの移住を決意します。シドニー到着後わずか数日で、生涯の伴侶となるアン・クローバーと結婚しました。

オーストラリアで経済学に出会ったハーサニは、シドニー大学で経済学の修士号を取得し、クイーンズランド大学で経済学講師として教鞭を執り始めます。彼の卓越した才能は経済学の世界で認められ、ロックフェラー奨学金を得てアメリカのスタンフォード大学でさらなる研究を進めました。スタンフォードでは経済学の博士号を取得しますが、ビザの問題から一時的にオーストラリアに戻り、オーストラリア国立大学で教えました。

1961年からは再びアメリカへ渡り、デトロイトのウェイン州立大学教授を経て、1964年にはカリフォルニア大学バークレー校の教授に着任します。以後、1990年に引退するまで、この地で長年にわたり研究と教育に没頭しました。

ハーサニの最も重要な業績は、ゲーム理論における不完備情報ゲーム（後にベイジアンゲームと呼ばれるようになる）の分析手法を確立したことにあります。それまでのゲーム理論は、プレイヤーがお互いの利得構造などを完全に把握している「完備情報」を前提とするものが主流でしたが、現実世界の多くの状況（ビジネスにおける競合の戦略、国際交渉における相手国の意図など）では、情報は不完全です。ハーサニは、各プレイヤーが相手に関する不確実性を確率分布としてモデル化し、ベイジアン統計の手法を用いてゲームを分析する枠組みを構築しました。この画期的な手法は、経済学はもちろん、政治学や国際関係論など、幅広い分野における戦略的意思決定の研究に不可欠なツールとなりました。

彼のゲーム理論、特に競争状況下での人間行動の数学的分析への貢献は高く評価され、1994年にはジョン・ナッシュ、ラインハルト・ゼルテンと共にノーベル経済学賞を共同受賞しました。受賞理由は「非協力ゲーム理論における先駆的な功績」でした。晩年はアルツハイマー病を患いましたが、2000年8月9日にバークレーで心臓発作のため80歳で死去しました。その生涯は、厳しい時代を生き抜いた経験と、学問への情熱が交錯するものであり、彼の確立した分析手法は現代経済学において今なお重要な役割を果たしています。

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