ジョン・ルカーチ (歴史学者)

ジョン・ルカーチ（John Lukacs、ハンガリー語名ルカーチ・ヤーノシュ・アルベルト）は、1924年1月31日にこの世に生を受け、2019年5月6日にその生涯を閉じた、ハンガリーとアメリカ合衆国の二重国籍を持つ著名な歴史家です。

彼はハンガリー王国の首都ブダペストにて、進歩的なカトリック教徒の父とユダヤ人の母という異なる背景を持つ両親のもとに生まれました。若くしてハンガリー王立パーズマーニュ・ペーテル大学文学部で歴史学を修めます。

第二次世界大戦の勃発は、彼の人生に大きな影響を与えました。枢軸国としてドイツ側についたハンガリーでは徴兵が行われましたが、ルカーチは兵役から離脱します。両親は戦前に離婚しており、カトリックの環境で育ったにもかかわらず、母がユダヤ人であったことから、彼はユダヤ法に基づき戦時中の労務動員を経験し、やがて強制収容所へ送られる危機に直面しました。しかし、これらの危険を巧みに回避し、激しいブダペスト空襲からも奇跡的に生還を遂げます。

終戦後、ハンガリーを占領したソ連軍に対する期待を抱かなかった彼は、1946年にイギリスへ渡り、ケンブリッジ大学でさらに学びを深めます。その後、アメリカ合衆国へと活動の場を移しました。

1947年から1994年までの長きにわたり、ペンシルベニア州のチェスナットヒル・カレッジ歴史学科で教壇に立ち、教育者としても貢献しました。また、ジョンズ・ホプキンス大学、コロンビア大学、プリンストン大学といった名門校や、母国ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学などでも客員教授として招かれ、幅広い知的な交流を行いました。

ルカーチの研究対象は多岐にわたりますが、特に冷戦史、現代社会の変容、歴史学のあり方、そして個別の歴史的人物（チャーチルやヒトラーなど）に関する著作で知られています。彼の代表的な著作には以下のようなものがあります。

『大過渡期の現代』（The passing of the modern age, 1970年）
『ブダペストの世紀末――都市と文化の歴史的肖像』（Budapest 1900, 1989年）
『ヒトラー対チャーチル――80日間の激闘』（The duel, 1990年）
『評伝ジョージ・ケナン』（George Kennan: a study of character, 2007年）
* 『歴史学の将来』（The future of history, 2011年）

これらの著作に加え、『A history of the Cold War』（1961年）、『Historical consciousness』（1968年）、『The Hitler of history』（1997年）、『Five days in London, May 1940』（1999年）、『Democracy and populism』（2005年）など、多数の単著を発表しています。また、外交官ジョージ・ケナンとの書簡集の共著や編著も複数手掛けており、冷戦期の思想史や外交史における彼の位置づけを示しています。

ルカーチは、歴史の記述においては、過去の出来事そのものよりも、それらをどのように「認識し、記憶するか」という「歴史意識」の重要性を強調しました。現代文明の危機や、ポピュリズムの台頭といった社会現象についても鋭い分析を展開し、その独自の歴史観と批判精神は、多くの読者や研究者に刺激を与え続けています。

激動の20世紀を自ら体験し、その中で培われた洞察力は、彼の著作に深い奥行きを与えています。ハンガリーの歴史的背景とアメリカでの学術的な活動が融合し、国際的な視点から歴史と現代社会を見つめ続けた歴史家、それがジョン・ルカーチです。

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