ジーモン・ゼヒター

ジーモン・ゼヒター（Simon Sechter）は、1788年 10月11日にボヘミア地方のフリートベルク（現在のチェコ、フリムブルク）で生を受け、1867年 9月10日にウィーンでその生涯を閉じた、19世紀オーストリアを代表する音楽理論家、教育者、作曲家、そしてオルガニスト、指揮者でした。

ウィーンでの活動

1804年、ゼヒターは帝国の首都ウィーンに移住しました。そこで彼は著名な作曲家であるアントニオ・サリエリに師事し、音楽の研鑽を積みました。1810年からは、盲学校でピアノと声楽を教えるという教育者としてのキャリアをスタートさせます。

彼の地位は次第に高まり、1824年にはヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの後任として、ウィーン宮廷のオルガニストに任命されました。さらに1851年からは、権威あるウィーン音楽院で作曲科の教授を務め、多くの若い音楽家たちの指導にあたります。しかし、その生涯の晩年は必ずしも恵まれたものではありませんでした。惜しみなく財を分かち与える、あまりに気前が良い性格が災いし、不遇のうちにウィーンで亡くなっています。作曲家としてはオペラ分野での成功を夢見ていましたが、その願いが叶うことはありませんでした。

理論家・教育者として

ゼヒターは特に音楽理論の分野で大きな功績を残しました。1853年から1854年にかけて、彼は3巻からなる作曲理論書『楽曲構成の基礎（Die Grundsätze der musikalischen Komposition）』を著しました。この著作は、18世紀フランスの音楽理論家ジャン＝フィリップ・ラモーの理論を基盤としつつ、ゼヒター独自の視点を加えており、後の音楽理論家たちに強い影響を与えました。

また、彼は当時の主流となりつつあった平均律よりも、より純粋な響きを持つ純正律の熱心な擁護者でもありました。この純正律へのこだわりは、後に彼の弟子筋にあたるグスタフ・マーラーにも受け継がれたと言われています。

彼の教育者としての手腕は高く評価されていましたが、その指導は非常に厳格であったことでも知られています。例えば、1855年から1861年にかけてゼヒターのもとで和声と対位法を学んだアントン・ブルックナーに対しては、門下にある間は一切の自由な創作活動を禁じたと伝えられています。彼の教授水準がいかに高かったかを示す逸話として、同時代の音楽家たちがカール・チェルニーの書いたフーガですら「ゼヒターの基準には及ばない」と評したという話が伝わっています。フランツ・シューベルト（晩年の短期間）やアントン・ブルックナーをはじめ、フランツ・ラハナー、ブラームスの師として知られるエドゥアルト・マルクスゼン、テオドル・レシェティツキなど、数多くの著名な音楽家がゼヒターの門下から輩出されています。

作曲家として

作曲家ジーモン・ゼヒターの最大の特徴は、その驚異的な多作ぶりです。生涯にわたる創作活動で膨大な数の楽曲を残しました。特にフーガは約6000曲に及び、彼は毎日少なくとも1曲を作曲することを自らに課していたと言われています。ミサ曲やオラトリオ、オペラなども含め、その総数は約8000曲にも上るとされています（これは主にドイツ語版Wikipediaの情報に基づいています）。

単純な曲数だけを見れば、クラシック音楽史上最も多作な作曲家の一人とされるゲオルク・フィリップ・テレマン（現在知られている曲数は4000曲に満たない）をも凌駕するため、彼こそが「史上最も多作な作曲家」ではないかという意見も聞かれるほどです。しかし、ゼヒターの作品の大半は単一楽章で規模の小さい鍵盤独奏曲であり、複数の楽章を持つ大規模な管弦楽作品を多く残したテレマンとは作品の性格が大きく異なります。また、テレマンには既に楽譜が失われたり、未発見であったりする曲が多いと考えられており、それらを考慮するとテレマンの実際の作曲数はさらに多いと推測されています。こうした理由から、現実にはゼヒターが「史上最も多作な作曲家」と広く見なされることはほとんどありません。

多作なゼヒターは、アントン・ディアベリが企画した有名な主題による変奏曲集にも、自身の変奏曲を提供しています。また、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの未完成のフーガ（K.153、K.154）を補筆完成させたことでも知られています。

ジーモン・ゼヒターは、ウィーンの音楽界において、厳格かつ優れた音楽教育者、影響力のある理論家、そして驚くべき創作意欲を持った作曲家として、重要な足跡を残しました。

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