スニール・ダット

スニール・ダット（Sunil Dutt、1929年 6月6日 - 2005年 5月25日）は、インドが生んだ傑出した人物の一人であり、輝かしい映画キャリアと献身的な政治活動の両面で知られています。本名をバルラージ・ダットといい、俳優、映画監督、映画プロデューサーとしてインド映画界（ボリウッド）の黄金期を支える一方、政界ではマンモハン・シン内閣で青年問題・スポーツ大臣を務めるなど、多大な功績を残しました。

生い立ちと困難を乗り越えた少年時代

1929年、イギリス統治下のパンジャーブ管区ナッカ・クルド（現在のパキスタン）に生まれたバルラージ・ダットは、5歳の時にディーワーン（高官）だった父ラグナート・ダットを亡くしました。18歳を迎えた1947年、インド・パキスタン分離独立という激動の時代に直面します。ヒンドゥー教徒であるダット一家は、この分離によって勃発した宗教間対立の渦中に巻き込まれますが、父の友人であったムスリムのヤクブ氏の尽力により危機を脱出し、インド領内のパンジャーブ州（現在のハリヤーナー州）へと避難しました。

その後、母クルワンティデヴィと共にラクナウへ移り学生時代を送り、卒業後はボンベイ（現在のムンバイ）のジャイ・ハインド・カレッジに進学。大学を卒業した彼は、ボンベイ市内の交通部門に就職しました。

ラジオから映画スターへ

スニール・ダットのキャリアは、南アジアで最も歴史のあるラジオ局の一つであるラジオ・セイロンから始まりました。ヒンディー語アナウンサーとして活躍し、その声と才能で多くのリスナーの心をつかみ、人気を博しました。この成功が彼を表現の世界へと導き、1955年に映画『Railway Platform』で俳優としての第一歩を踏み出しました。

転機となったのは1957年公開の不朽の名作『インドの母』です。この作品で著名な女優ナルギスと共演し、映画の大成功とともに彼はボリウッドのトップスターへと駆け上がりました。撮影中のセット火災でナルギスを救出したというエピソードは広く知られており、これが二人の関係を深めるきっかけになったと伝えられています。翌1958年、スニールはナルギスと結婚。二人の間にはサンジャイ（俳優）、プリヤー（政治家）、ナムラタという一男二女が生まれました。娘のナムラタは、母ナルギスが『インドの母』で共演したラジェンドラ・クマールの息子、クマール・ゴウラヴと結婚しています。

1950年代後半から1960年代にかけて、スニール・ダットは『Sadhna』『Sujata』『Mujhe Jeene Do』（この作品でフィルムフェア賞主演男優賞を受賞）『Khandan』（同賞を再度受賞）『Padosan』など数々のヒット作に出演し、ボリウッドを代表するスターとしての地位を不動のものとしました。特にB・R・チョープラー監督とのタッグは成功を収め、『Gumrah』『Waqt』『Hamraaz』といった作品が興行的に大きな成果を上げました。

俳優業と並行して、映画製作にも意欲的に取り組みます。1964年には『Yaadein』で監督デビューを果たし、この作品は国家映画賞を受賞しました。1968年にはプロデューサーとして『Man Ka Meet』を手がけ、この作品には実弟のソーム・ダットが出演しています。1971年には『Reshma Aur Shera』で監督、プロデューサー、主演の一人三役を務め、成功を収めました。1970年代以降も、『Heera』『Nagin』『Shaan』といったボリウッド映画に加え、『Man Jeete Jag Jeet』などのパンジャーブ語映画にも出演し、その活動の幅を広げました。

1981年、スニールは自ら監督した『ロッキー』で息子サンジャイ・ダットを俳優としてデビューさせますが、この作品の公開を目前にして最愛の妻ナルギスを膵臓癌で亡くすという悲劇に見舞われます。妻を失った悲しみから、彼は癌患者への支援を目的としたナルギス・ダット財団を設立し、社会奉仕活動にも力を入れました。また、顔面奇形を持つ子供たちの治療を支援するインディア・スマイルのスポンサーも務めました。

政界への進出と晩年

1984年、スニール・ダットはインド国民会議に入党し、本格的に政治活動を開始しました。ムンバイ北西部選挙区から立候補し、合計5期にわたり下院議員を務めました。1990年代初頭には、ヤシュ・チョープラー監督の『Parampara』やJ・P・ダッタ監督の『Kshatriya』への出演を最後に映画界からは身を引き、政治活動に専念するようになります。

しかし、1993年に発生したボンベイ連続爆弾テロ事件に関連して、息子サンジャイが武器不法所持の容疑で逮捕されたことは、スニールにとって大きな試練となりました。息子の釈放に向けて奔走する中で、彼の政治キャリアは一時的に停滞を余儀なくされました。

長年の映画界への貢献が認められ、1995年にはフィルムフェア賞生涯功労賞、1997年にはスター・スクリーン・アワード生涯功労賞を受賞するなど、俳優としての功績も高く評価され続けました。2003年には、遺作となった『ムンナー兄貴、医者になる』で息子サンジャイと共演。過去にも『ロッキー』や『Kshatriya』で親子共演はありましたが、同じシーンに登場したのはこの作品が初めてでした。

政治家としては、死去する直前までマンモハン・シン政権で青年問題・スポーツ大臣、そして下院議員を務めていました。2005年 5月25日、ムンバイの自宅で永眠。彼の死はインド社会に大きな衝撃を与え、マハーラーシュトラ州の最高の栄誉をもって葬儀が執り行われました。彼の死後に実施された下院の補欠選挙では、娘のプリヤー・ダットが見事に当選し、父の政治的な遺志を継ぎました。

スニール・ダットは、俳優として、監督・プロデューサーとして、そして政治家として、インドの文化と社会に多大な影響を与えた人物です。その波乱に満ちた生涯と、困難に立ち向かう強さ、そして社会への奉仕の精神は、今なお多くの人々に記憶されています。

受賞歴（一部）

パドマ・シュリー勲章（1968年）
フィルムフェア賞主演男優賞（1963年、1965年）
国家映画賞ヒンディー語長編映画賞（1964年）
フィルムフェア賞生涯功労賞（1995年）
スター・スクリーン・アワード生涯功労賞（1997年）
ジー・シネ・アワード生涯功労賞（2001年）

もう一度検索